長期欠場で再起を図る「栃ノ心」という選択肢。怪我と付き合うのではなく治す選択肢が見せる、大いなる可能性。

栃ノ心が、幕内下位で無敵の快進撃を見せている。
私の知っている栃ノ心は東欧系力士に有りがちな
格下の力士には滅法強いが、同格から格上に対しては
どこか淡泊な相撲を取るような、そういう印象の力士だった。
相撲のタイプは異なるが下位で12勝3敗、
上位総当たりで2勝13敗という、
阿覧や臥牙丸といった力士達と似ていると感じていたのは
恐らく私だけではなかっただろう。
白鵬には0勝15敗。
鶴竜には1勝11敗。
日馬富士には4勝13敗。
そして、稀勢の里には3勝10敗。
こうした特徴は面白いもので、
新入幕の頃と充実期でさほど変わらないものだ。
思い出してほしいのだが、上位の力士を相手に勝てる力士は
出立ての頃にも勝っているし、取りこぼしが多い力士は
三役になっても大関になっても取りこぼすものである。
今の話を聞いて、こうした特徴を持っている力士について
恐らく読者の方はああ、あの力士だな、と思われたことだろう。
敢えてその例えは言わないが、栃ノ心という力士は
新入幕から5年余り、良くも悪くも先に申し上げた特徴の力士であった。
だが、怪我を経て栃ノ心は明らかに相撲が変わった。
負ける気のしない、得体の知れない強さを身に纏ったのだ。
栃ノ心が今まで最も苦手としてきたタイプである、
遠藤や千代鳳といった横綱大関をも喰う力士をも
いともあっさり葬ったのである。
佐田の海戦についても、彼が変わったことを如実に語る一番だった。
体のサイズという明確なハンデを背負いながら、
ねちっこく素早くフィジカルの優れた栃ノ心に喰らいつき、
絶えず攻める佐田の海を終わってみれば一蹴。
佐田の海を捕まえる瞬間、私はため息をついていた。
先場所の逸ノ城が、松鳳山を倒した時のように。
今の栃ノ心は、このようなことは本来はなかなか無いのだが、
明らかに相撲が変わっている。
人間が変わっているのではないかと思うほどだ。
そして、恐らくそのきっかけになったのは大怪我であろう。
相撲界には土俵に立ちながら怪我を治すという考え方が有り、
誰もが多かれ少なかれ怪我を抱えた状態で本場所を迎え、
相手と闘いながらも、自身の怪我とも闘う。
2か月に一度必ず本場所が有り、怪我して15日間フルで休めば
前頭上位から一気に下位に転落する。
2場所休めばもう十両だ。
3場所休めば幕下が見えてくる。
番杖が給料にも待遇にも力士としての全てに関与する大相撲という世界で、
番付を落すことは耐え難いことだろう。
だから膝を引きずりながら、顔をしかめながら相撲を取り続けている。
だが、私は栃ノ心という選択肢が出来たのではないかとも思っている。
今の栃ノ心は、本当は怪我の影響が今でも有るのかもしれない。
だが相撲内容を観る限りでは、影響を感じさせないどころか
新たな強さをも会得したように見受けられる。
怪我と共にと言いながらも多くの力士が怪我に悩まされ、
怪我が原因で精彩を欠き続ける力士も多く存在している。
怪我の痛みに耐えて、結果を出そうとすることは
痛みに向き合うという意味では強いのかもしれない。
だが、番付を落すことを恐れているという意味では
弱さを意味しているのかもしれない。
どちらが正しいかは分からない。
コインの表と裏なのかもしれない。
しかし栃ノ心が切り開いた、思い切って休むという選択肢は
確かに彼の強さを今までにない次元にまで引き上げた。
そういえば今場所31歳で新入幕の阿夢露も
やはり怪我で長期間の休場を余儀なくされた後、
新たな強さを身に付けて、ここまでのし上がってきた力士である。
番付を守る強さと、諦める強さ。
どちらも強さに違わない。
だが、番付を落とすことは力士にとって屈辱であることから
転落を受け入れるのは誰もが出来ることではないと思う。
故に怪我を圧しての強行出場で結果が伴わない力士が多い実情が有る。
だからこそ、今後そうした力士に対して「栃ノ心のように治したらどうか」
という問題提議が出来るようになったことそのものが、
栃ノ心の果たした大きな功績であると私は思う。
栃ノ心や阿夢露。
そして今幕下から十両を目指す慶天海や
序二段から再起を賭ける竜電がそこに名を連ねた時、
栃ノ心という名の選択肢は更に大きなものになるだろう。
栃ノ心の強さは、相撲の強さでもあるが、
耐え難きを耐え、忍び難きを忍ぶ強さでもある。
そういう重さをこの快進撃から噛み締めたい。
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