「上位総当りライン」という、鬼の棲家でありながら論点にならない番付が生み出すドラマ。九州場所の注目はスタイルチェンジしながら「上位総当りライン」でも結果を残した大砂嵐である。

九州場所の番付が発表された。
大相撲はプロスポーツの中ではかなり平等な部類に入ると私は考えている。成績がかなり平等な形で地位に反映されるからだ。成績に応じて番付の上下幅は定められている。そのうえ、成績を残すための機会は平等に与えられる。監督によって機会を喪失させられたり、国や所属、開催地に応じて不平等はほぼ発生しない。基本的に大相撲というのは、等しくチャンスを与えられた世界なのである。
だが、等しく機会が与えられるということは、似通った成績の者が現れてしまうことも意味する。それ故にその時々で微妙な相対評価を下さねばならない。近い友人が「番付は生き物である」と語っており、その面白さと時に理不尽さを感じるわけだが、その面白さは多くの相撲ファンが感じているようで、場所後に自作の予想番付を作る方が数多く居るのはそういう理由からではないかと思う。
番付を作ること。そして出来たものを吟味すること。それ自体大変面白いことなのだが、私は番付が出来ると気にしているポイントが二つある。
ひとつは当然、幕下上位だ。
これはもう、語るまでもないだろう。
そしてもうひとつが、論点として上がらないポイントである。
そう。
前頭3枚目付近の「上位総当りライン」である。
一言で表すと、上位総当りに含まれる力士と、そうでない力士。幕内総合優勝というのは面白いもので、上位総当りとその下のもう一つのグループが混在している中で争われるので、番付運の微妙な匙加減でその場所の趨勢は大きく決定付けられることになる。
特に上位総当りともなると、横綱大関という負けを前提に考えねばならない怪物が存在する。現在の番付だとこれが7力士。そして更に、これに近しい実力を備えた三役が4力士。もうこれだけで11力士だ。
白鵬、日馬富士、鶴竜、照ノ富士、稀勢の里、琴奨菊、豪栄道、栃煌山、妙義龍、栃ノ心、嘉風。名前を挙げただけで胸焼けするほどのメンバーではないか。これらの怪物達が相手であっても大負けすることが許されないのが、大相撲の厳しさだ。
更に前頭を見てみると、今場所であれば逸ノ城、大砂嵐、碧山、隠岐の海、豊ノ島、安美錦。どこに勝ちを確実に計算できる力士が居るというのだろうか。さすがに4枚目以降となるとこれら17力士との相対的な比較で言えば難易度は下がる。この事実だけで「上位総当りライン」とは選ばれし力士を意味することがお分かりいただけたのではないかと思う。
先場所の事例で見ると、佐田の富士がこの「上位総当りライン」の餌食になった格好で、2勝13敗という憂き目に遭い前頭9枚目に追い返されてしまった。番付が過去最高だからと言って一概に喜ぶことは出来ない。格上との相性によってはむしろその場所で上位に昇進しないほうが翌場所に飛躍する可能性も有るからだ。
例えば、前頭4枚目や5枚目の、微妙に「上位総当りライン」に含まれなかった力士が好成績を挙げた結果、生涯唯一の三役昇進を勝ち取ったという事例は多い。三役経験の有無が重要な意味を持つのは、1場所以上の三役経験が有れば現在の年寄制度では年寄襲名可能だから、という理由も有る。先日引退を表明した栃乃若は、電位治療器メーカーに再就職することになったわけだが、最高位は前頭筆頭、幕内在位18場所と年寄襲名資格をギリギリ有していなかった。第二の人生を歩む上でそうした事実がひとつの判断材料になったのではないかと思う。
このように「上位総当りライン」は力士の人生を大きく左右する。毎場所「上位総当りライン」の力士の数だけ、ドラマは生まれる。そこで、今場所この「上位総当りライン」で注目の力士を1人挙げてみたいと思う。
今場所の注目力士として「上位総当りライン」で注目するのは、大砂嵐だ。
この力士がとても興味深いのは、このような鬼の棲家と言うべき環境でありながらも成績をそれほど落とさない点だ。「上位総当りライン」での成績は休場した1場所を除けば7勝8敗が2回、そして先場所は8勝7敗。この厳し過ぎる地位の中でも、大砂嵐は横綱相手に連勝した経験も有る。
三役力士が相手だと五分に渡り合うから恐ろしい。
では大砂嵐は照ノ富士のように現時点で大関や横綱が目指せる力士かと言えば、そうとは言い切れない。元力士の方は1年前の時点でこう言っている。
「ニシオさん、大砂嵐は無茶苦茶やるから怖いんですよ。これが普通の相撲取るようになったら何も怖くないです」
ご存知のとおり、大砂嵐の相撲はいわゆる相撲の方程式から外れる場面も多々有る。先場所驚いたのは、手と手をクロスするような格好になった時のことだ。大砂嵐自身はもちろん、相手力士もどう攻めればいいか分からなかったのだろうか、こう着状態が長く続いたのである。
プロの力士すら予測不能の相撲を取り、アスリート的能力の高さで時に勝負を決め、時に負け相撲をひっくり返す。しかも、驚くべきことに前述のコメントから状況が変化しているのである。つまり、大砂嵐は相撲を覚えてきたのだ。
まだヘタクソではあるし、ヘタクソなのに相撲を取ろうとするからこそ悪い体勢になり、敗れることも有る。だが、大砂嵐の相撲から不確定要素はかなりの割合で減ったことは事実だ。オーソドックスな相撲に挑戦しているのは、ここ1年のことだ。相撲の定石に無いからこそ上位に勝てたのが2014年。そして、相撲を覚えて勝てているのが2015年。
大砂嵐は史上稀に見るペースで進化している力士であることは間違いない。成績としての推移はそう変わらないので、その凄さは気づきづらいことだと思う。しかし「上位総当りライン」というトップ力士が集う地位で、ここ1年でスタイルチェンジしながら結果を残し続けていることは、特筆すべきことなのである。
「上位総当りライン」のシビアさに想いを馳せながら、不思議な相撲を取り続ける大砂嵐の面白さに酔いしれる。年の終わりの九州場所。私はそうやって楽しもうと思うのである。
◇お知らせ◇
11月21日(土)16:00より、東京でオフ会を開催します。
参加ご希望の方には詳細を連絡いたしますので、プロフィール欄のメールアドレスをご参照ください。
なお、参加可能な人数には限りがありますので、お断りすることもございます。あらかじめご了承ください。
◇お知らせ2◇
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