闘え、豊ノ島。

頑張れ。
もう一度上がってきてほしい。
私はアキレス腱を断裂した豊ノ島に対して、現役続行を決めた時にそう思っていた。
その気持ちに偽りはない。だが、豊ノ島だ。あの、豊ノ島である。33歳になろうとも、1年前に幕内総合優勝を争った実力者なのだから、コンディションが戻らなくても性能の差で圧倒してしまうだろう。そう考えていた。
苦しい闘いになるとは思っていたが、その相手は自分自身になると考えていた。気持ちを切らさずに、自分に負けずにコンディションを整えることこそ、豊ノ島が直面する勝負になると思っていた。そして、その闘いには確実に勝てると思っていた。復帰場所は優勝するか否か。怖いのは、勢いに乗る大卒力士くらいだ。
だから、豊ノ島はすぐに戻ってくるだろう。豊ノ島が幕下に居るという非常事態を目の当たりにしながらも、元の番付への復帰は時間の問題だろうというのが私の見解だった。
甘かった。
私の見立ては、甘かった。
恐らくその甘さは、大きく分けて二つ有る。
一つは、豊ノ島のコンディションだ。
思った以上に豊ノ島の状態は良くない。好調であれば横綱も大関も二本刺して持っていく豊ノ島が、自分の形に持ち込めない。そして、持ち込んでもなかなか決まらない。
私の知っている豊ノ島の相撲は、幕下に落ちてから一度も見てはいない。「全盛期を彷彿とする」と評されるような、怪我前の豊ノ島が取るような相撲を私はまだ見ていない。
そしてもう一つは、幕下上位のライバルの実力である。
そう。
彼らは想像以上に強いのである。
たとえ豊ノ島であっても、昔の名前で勝てるほど幕下上位は甘くはない。幕下の厳しさと切なさに触れ続けてきた私でさえ、この番付で苦戦する豊ノ島は想像できなかった。
対戦相手には豊ノ島を相手にいい相撲を取ってほしいと思っていた。だが彼らは、いい相撲どころか豊ノ島に牙を剥き始めた。
九州場所は、4勝。
初場所は、6勝。
2場所での関取復帰は叶わなかった。
そして、場所前の怪我が原因で休場を余儀なくされた今場所。復帰した豊ノ島は、まだ勝てていない。今のところ、0勝5敗と同等の成績である。
たとえ豊ノ島であっても、コンディションが整わなければ勝つことさえもままならない。それが、2017年の幕下の実情だ。もはや幕下は足りない者達の人間交差点という位置付けではない。闘えるところまで戻さなくては、幕下では勝てないのだ。
豊ノ島には一刻も早く、関取に戻ってほしい。
いや、元居た番付まで戻ってほしい。
ただ、今の幕下はこうなのだ。
そして、十両は更に厳しい。同じくアキレス腱を断裂した安美錦が、復帰4場所目で厳しい戦いを強いられているからだ。
豊ノ島には時間がない。
じっくり休むだけの猶予は残されていない。
だが幕下も十両も、今のままでは勝てない。
時天空の死という重過ぎる十字架を背負い、過酷な運命に立ち向かう覚悟を決めた豊ノ島ではあるが、想いだけでは勝てないのが今の幕下上位である。死の病に直面した時天空と比べれば、相撲が取れる自分はまだやれるし、諦めてはいけない。そう考えるのは当然のことだと思う。
乗り越えていく豊ノ島は観たい。だが想いが強いために、想いに殉じていく豊ノ島は観たくない。今の豊ノ島は、非常に厳しい立場であることは間違いない。
休まずに、勝つ。
出来るだけ番付を落とさずに、5月場所を迎える。
豊ノ島に出来ることは、それだけだ。
次の相手は恐らく天鎧鵬だ。
全敗同士の対戦で闘う相手ではない。
そして、幕下上位で闘う相手ではない。
だが、これが豊ノ島は直面する現実なのだ。
これは、観ていて楽しいだけの相撲ではない。
本当に、残酷だ。
だがこういう過酷な相撲ほど、目に焼き付けねばならないと私は思う。
闘え、豊ノ島。
「頑張れ」ではない。今の豊ノ島に掛けられる言葉は、これだけである。
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