【初場所総括】激しさと休場と再出場。

初場所が終わって早1週間が経過しつつある。
ようやく祭りの後的な感覚が無くなり、
瀬戸内寂聴の言うところの忘却の恩恵を
授かることによって平穏な日々を送るに至っている。
さて、祭りの後に祭りを思い返して
今場所の特殊性を振り返ってみようと思う。
今回触れておきたいのは、土俵の充実ぶりである。
先場所までよく言われていたのが
八百長問題での大量解雇の影響から
番付に見合わない取組内容が増えてしまっていた
という点であった。
確かに今まで土俵の中で重要な役割を
担っていた力士が抜けることは
彼らが保っていたクオリティを提供することが
難しいことを意味する。
当たり前と言えば当たり前のことではあるのだが、
件の問題の間接的な被害を被るってしまったことは
仕方ないことである。


そして今場所。
私の場合は主戦場が幕下なので、当然
幕下を中心に見ることになるのだが、
驚くほど白熱した内容が続いたのだ。
まず、相撲が非常に激しい。
技量は上位陣に追いつかないし
身体も相当小さいのだが、
取組が始まると目を離せないほど
激しい応酬が続く。
確かに私は幕下の力士の未完成さや
足りないながらもベストを尽くすことから
波及して発生する予測不能な展開が
大好きなのだが、激しさという要素が
加わることによって更にカオスな展開が
待ち受けていたのである。
里山の妙技 伝え渡しや大露羅の勇み足
についてはその最たる事例なのであろう。
とはいえ、それは私の印象論であり、
観ている人によっては激しさを感じない
という人も居るかもしれない。
そこで私は一つ、激しさを示す指標を
持ちだしたいと思う。
今場所は激しさゆえに途中休場する
力士が多かったのだが、
実はこの力士達にある異変が生じていた。
そう。
再出場する力士が多発したのである。
例えば北勝国、琴宏梅、出羽疾風。
彼らに共通して言えるのは、負け越している点である。
休場してしまうと、全て負け扱いになってしまうため、
翌場所以降の番付が大幅に落ちてしまう。
以前であれば公傷制度が有ったため、
番付は落ちなかったのだが、
今は怪我することそのものが許されない
体制に変更されてしまった。
身体を壊しかねないリスクは有るが、
そのリスクを許容してでも
番付の低下による回り道は避けたい。
長い力士生活の中でこうしたリスクを払うことは
逆効果になることも想定されるため、
休む勇気ということも考えなくてはならないのだが、
彼らが再出場を決心するのは
土俵に対する責任感が以前に増して芽生えた
ということなのであろう。
苦しい状況から逃げない姿勢は
単に再出場という結果を残すだけでなく、
相撲の取組内容についても変化をもたらす。
立ち合いで変化しない。
苦し紛れの引きは出さない。
土俵際でも安易に土俵を割らない。
こうした一つ一つの積み重ねが
土俵の内容を充実させ、観る者の目を惹く。
休場に代表するように、激しさゆえに
終盤戦で失速してしまった力士が少なからず居た
ということは課題ではある。
しかしそれを差し引いても意識の向上が
今後の明るい展望を想起させる結果に
結びついたことは間違いないのである。

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