審判部批判は、白鵬の悪役転向宣言である。公式の場での謝罪だけが本件を「失言」として処理出来た理由を考える。

白鵬の審判部批判が連日話題になっている。
その波紋は今までに無い速度で、かつてない衝撃で受け止められた。翌日のスポーツ紙3紙で一面を飾り、NHKもこのニュースにかなりの時間を割いていた。協会は激怒し、横綱審議委員会すらも白鵬を批判した。際どい一番について「子供でも分かる」という言葉で批判したのは流石にまずかった。誰が何と言っても審判部ならびに協会を侮辱した事実は返らない。
どんなに相撲に実直でも、どんなに実績を積んでも目に見える声援は乏しく、日本人力士に対する期待で語られる。土俵の上でも最近では非常に荒れた取口を見せており、そうした姿に対して疑問の声が上がりつつあった。当ブログでも2年近く前から相撲内容の変質について言及しており、異なる荒れた白鵬のことを通称「闇の白鵬」としてその違いと強さ、沿革‪について賞賛も批判も重ねてきた。
荒れた相撲自体はこの2年断続的に続いており、そして今回の一件が発生した。実はこの問題について、私は事後の対応こそが一番重要と考えていたのだが、白鵬の対応は予想していたものとは異なっていた。
つまり、親方が謝罪したのである。
親方は確かに「白鵬は謝っていた」と語っていた。だがこの対応は世間の評価に大きな影響を与えている。というのも、それはあくまでも親方の説明であり、本当に謝っていたかなど知る由も無いからだ。そして仮に謝っていたとしても、何に対してどの程度責任を感じているかが全く分からないからだ。
私は先日記事の中で「白鵬は早急に謝罪すべきだ」ということを記した。
まず、白鵬という力士が果たした功績が素晴らしいものなので、たとえ問題行動だったとしても公の場で謝罪さえすれば世間的には許容されるという予測をしたからだ。英雄とはいえ、やらかすことは有る。失言など他のヒーローでも過去に沢山有った。これは後年笑って語れる程度の問題なのである。
しかしそれは「謝罪すれば」という大前提が有ってのことである。
素早い謝罪が必要だったのは「これがあくまでも失言である」という意思を表明せねばならなかったからだ。本質的には審判に従わねばならないことは分かっている。そして、審判の決定に信頼を置いていることも理解している。ただ、その時心が乱れていたためについカッとなって言ってしまった。ということだとすれば単なる白鵬のミスということになる。
だが、これがもし謝らなければどうなるか。
審判部批判は白鵬の本音になってしまうのである。
これは横綱として有ってはならない。いや、力士として有ってはならないことである。確かに白鵬は相撲界にとっての恩人だ。だが、やっていいことと悪いことのラインは存在する。更に付け加えるとこの批判についても様々な検証の結果、同体が妥当であるとの決着も付いている。
謝罪さえすれば、この事態を避けることが出来た。いや、今でも問題に向き合ってこうした自身の問題について自分の言葉で謝罪の言葉を語ればまだ間に合うと私は考えている。だがその気配は今のところ全く無い。
この問題は本当に根深い。
何故なら今後白鵬の言動について色眼鏡で見られることになるからだ。
例えば九州場所の時の大久保利通と相撲の件について優勝インタビューで語ったとしよう。果たしてあの時と同じ受け止め方が出来るだろうか。私は難しいと思う。
考えてもみてほしい。普段からナチュラルに審判部を批判し、荒れた相撲を取っているような力士だ。そのような存在が見識の深さを見せたとしても、「どうせ誰かに教えられたのではないか」とか「はいはい、良い奴アピールね」という受け止められ方をしても仕方が無いのである。
今回のことが有っても前と変わりなく白鵬の言動を評価出来るのは、恐らく白鵬に非常に近い方とあと今回の問題について白鵬に同情的な方だろう。前者は白鵬の本当の顔を知っているからこそぶれずに彼の言葉を受け止められる人で、後者は白鵬の素晴らしい人物像が今回の問題で壊れていない人からだ。
言葉というのは言葉そのものが素晴らしいから受け止められるのではない。
誰が言ったか。これこそが重要なのである。
そう。
この「誰が」の部分が大きく揺らいでいるのが、今回の大きな問題なのだ。
誰かについて語る時、どうしても「良い奴」と「悪い奴」の二元論で判断しやすいのだが、今回の一件で謝罪しなかった白鵬は「良い奴」ではなく「悪い奴」に属することになってしまった。「良い奴」であれば、自分の言葉で謝罪できる。だが悪い奴は今回の言動を正当化する。今の白鵬が土俵を守り続けていた頃の彼のままだとしたら、何故謝罪できないのか。
白鵬は、親方に伝えた謝罪の言葉だけでは「本当に白鵬が謝っているか分からないではないか」と予測できるだけの人物である。その予測が出来る人が公の場で謝罪しないのだとすると、件の行為を正当化していると捉えられても仕方が無いのである。
つまり審判部批判は、白鵬の悪役転向宣言なのである。
白鵬は、本当にそのような覚悟の元に謝罪しないのだろうか。
もう一度言う。
今ならまだ、間に合うのだ。
私は白鵬を、かつての朝青龍にはしたくない。これだけの恩人に対して、問題行動の都度批判するような記事ばかり書くブログにはしたくないのだ。
◇お知らせ◇
幕下相撲の知られざる世界のFacebookページはこちら。
限定情報も配信しています。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)