怪我と公傷と「土俵の充実」。遠藤や照ノ富士が相次いで休場する今、大相撲はどこに向かうべきなのか。

2016年初場所は、幕内力士の休場が相次いでいる。
時天空。
大砂嵐。
千代鳳。
常幸龍。
安美錦。
照ノ富士。
そして、遠藤。
幕内は初日からの累積で7名が休場している。千代鳳や安美錦のように再出場する力士も居るが、最近の特徴は怪我を抱えながら出場し、更に痛めたり成績が思うように上がらないなどの事情から休場する事例が多いことである。
照ノ富士や遠藤のように将来に向けての可能性を見せながら、怪我の影響で本来だと有り得ないような敗戦を繰り返す事例も多い。遠藤に関してはそうした取組が1年近く続いている。ファンの為、そして自分の為に土俵に上がり続けているのだとは思うが、一方でこのような内容で相撲を取り続けることに意味が有るのかという疑問を抱くことが有る。
「力士の将来の為」という大義名分を振りかざすまでもなく、一相撲ファンとして単に見ていて辛いので休んでほしいと思う。だが今の大相撲に於いて休んで身体を治すという選択肢には番付を落すリスクが有る。そして番付を戻すには、かなりの時間を要するわけである。
「ではその救済策を」という考えになるのは当然の流れだが、公傷制度は廃止されている。「大相撲戦後70年史」で北の湖理事長(当時)はこのように語っている。
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人間は楽な方に流れてしまいがちですが、休んでも番付が下がらないとなれば、どうしても休みたくなる。それが甘さにつながって、厳しさが失われてしまうおそれがあります。これでは、その力士のためになりません。なかには公傷制度がないために苦労をすることになる者もいますが、勝負の世界ですよ。公傷がないからこそ、ケガをしないように体を鍛える意識を高めてほしい。そう私は考えています。
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怪我をしないことが評価の条件というのが、現在の大相撲の思想である。詰まるところ、怪我を抱えながらも番付が落ちるリスクと向き合う今の形こそが北の湖さんの考える「土俵の充実」の在り方なのだ。
ただ、それでいいのだろうか?
人気力士が次々と倒れる現状では、土俵が充実していると言えるのだろうか?そして今のやり方を踏襲することで、将来の土俵の充実を産み出せるのだろうか?
確かに休場者数は公傷制度廃止直前を除いてほぼ横ばいというデータも有る。力士の怪我を目の当たりにするとつい平衡感覚を失い、今の状況が異様だと感じがちだがこの点についても向き合わねばならない。
もし公傷制度を復活させるのであれば、リスクとメリットのバランス調整が重要だ。休めば番付が落ちないのであれば、誰しも休むことを選ぶ。番付をどこまで落とすのか。給料は据え置きで良いのか。大関であれば陥落のラインをどうするのか。そういう具体的な意見を出す者はこの議論が始まってから数年経つ中ほぼ居ない。
こうした実情を考えると、結局怪我と公傷の問題については古くて新しい問題だが、解決しないまま棚上げになり現在に至っているのである。
今、「土俵の充実」という言葉が独り歩きしている。八角理事長もこの言葉をよく口にしているし、メディア上でもかつてないほどこの言葉を目にしている。確かに必要なことではあると思う。だが私には一つの疑問が有る。
そもそも「土俵の充実」とは、何だろうか。
力士達が良い相撲を取っている状態であることは間違いない。だが例えば今、土俵は充実していると言えるのだろうか。もし充実していないのだとすると、それは何故なのだろうか。
白鵬が圧倒的すぎることが原因だと仮定しよう。だとすれば一人の素晴らしい力士の存在は、土俵の充実の阻害要因なのだろうか。双葉山や大鵬の時代は土俵が充実していなかったのだろうか。
これは言葉遊びではなく、相撲の理念の根幹を成す問題だ。行き着くゴールの姿に向き合い、関わる全ての人間が理念を共有する。そして、理念に向かって施策を走らせる。そういう中の一つが怪我との向き合い方であり、公傷制度の是非というわけである。
北の湖体制からの過渡期だからこそ、私はこの点について八角理事長の見解が知りたい。目指す先が「土俵の充実」という抽象的なゴールではない。より具体的で、誰もが共有出来るようなものである。ライトな文章で、コンパクトにまとめて誰でも読める状態にすることだ。
逆に、八角理事長がこれを出せていない今だからこそ、もし八角体制の打倒を目指す勢力が居るならばこれはチャンスだ。目指す方針が異なるというのは、言い方は悪いが大義名分になるからだ。以前マニフェストが欲しいという話をしたことが有るが、それに通じることである。
「土俵の充実」という言葉が行き交う今だからこそ、様々な意味でチャンスなのだと私は思う。「土俵の充実」を達成するために、怪我とどう向き合うか。過渡期の今、八角理事長とその他の候補の動向に注目したい。
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