逸ノ城低迷の一因は、上位力士の適応力である。

自分の間合いに入れない。
相手を捕まえられない。
速い動きに対応出来ない。
攻められて軸が残せない。
そして、土俵際でも全く残せない。
この無い無い尽しの相撲を初場所何度目撃しただろうか。もしかすると私は琴奨菊の優勝よりも、嘉風の健闘よりも、この異変が一番驚いたかもしれない。つまり、逸ノ城である。
新入幕で100年ぶりに優勝と騒がれたあの場所で、稀勢の里豪栄道鶴竜と立て続けに破った逸ノ城。当時時代の扉を開くと思われたのは照ノ富士でも琴奨菊でもなく、逸ノ城だった。これだけの成績を残せば当たり前である。
動きの遅い逸ノ城が相手なので、誰もが自分の形を目指す。だが、途中まではやらせてもらえるが、体自体は残っている。残せているので後は相手を捕まえて、時間を掛けて土俵から出す。これこそが、逸ノ城のスタイルである。
そしてそれが、初場所は全く出来ていないのだ。
これに関しては、様々な要因を口にされる方が居る。
例えば、太り過ぎだということを指摘する声も大きい。
前相撲の当初、183キロだった体は徐々に増えて214キロ。190センチというサイズとあのスタイルを考えると、確かに多いがそれだけを見ると致命的な欠陥が有るとは言い難いが、増やしたというよりは「増えてしまった」という作りの体なのでその指摘は妥当なのかもしれない。
更には、諦めの早さを指摘する方も多い。
逸ノ城の強さとして、攻められても崩されないという点が有った。崩れない間に相手を捕えて一気に形勢逆転するという形が全く出せなかった。攻められて、そのまま崩れてしまう。強さを出す前に敗れてしまう。その強さの前提となる受けの強さが崩壊しているので、勝てないのは当たり前のことである。
だが、少し別の軸で逸ノ城を捉えてみたいので、以下をご覧頂きたい。
◆表1:2014年九州場所の逸ノ城全成績◆
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01日目 ● 日馬富士
02日目 ○ 宝富士
03日目 ○ 碧山
04日目 ● 豪栄道
05日目 ○ 豪風
06日目 ● 鶴竜
07日目 ○ 勢
08日目 ● 栃煌山
09日目 ● 白鵬
10日目 ○ 安美錦
11日目 ○ 豊響
12日目 ● 琴奨菊
13日目 ○ 栃ノ心
14日目 ○ 稀勢の里
15日目 ● 照ノ富士
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◆表2:2015年秋場所の逸ノ城全成績◆
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01日目 ○ 宝富士
02日目 ● 妙義龍
03日目 ○ 高安
04日目 ● 豪栄道
05日目 ○ 玉鷲
06日目 ○ 栃煌山
07日目 ● 稀勢の里
08日目 ● 鶴竜
09日目 ● 照ノ富士
10日目 ○ 安美錦
11日目 ● 栃ノ心
12日目 ○ 徳勝龍
13日目 ○ 大砂嵐
14日目 ○ 碧山
15日目 ○ 隠岐の海
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これは、逸ノ城が新入幕優勝が期待された翌場所と、完全にその期待が落ち着いた後の場所での成績比較である。この成績を見て、私はすぐにあることに気付いた。そう。逸ノ城は上位の力士には勝てないが、同格以下の力士には滅法強いということである。
実は逸ノ城は、最初の場所以外で横綱大関を相手にあまり勝ててない。豪栄道が得意だという例外は有るのだが、以降の場所で豪栄道を除く上位に対しては勝ててないのである。そして、その傾向が顕著なのが、上に挙げた2場所だ。
例えるなら怪我前の栃ノ心。淡泊な外国人力士の系譜をそのまま受け継いだ力士と言える。闘争心を表に出し、上位が相手でも一杯食わせることが多々有るのがモンゴル人力士なので、そもそもモンゴル人と淡泊という特徴が同居しているというだけで異例なのだが、逸ノ城というのはこういう力士なのである。
だが、同格以下の力士にさえも勝てないというのが最近の逸ノ城の異変だ。2014年九州場所で私が驚いたのは、上位力士の適応力の素晴らしさだった。あの歯が立たなかった逸ノ城に対して対策を立て、2ヶ月ばかりでもう勝てるようになった。
対策の早さと、それを実行出来てしまう強さ。上位陣が勝てるのは、そういう理由なのである。例えば稀勢の里について色々言う方も居るし、碧山対策が未だに実行できていないという事実も有るが、実は稀勢の里さえもそれらが出来ているので、上位で安定して成績が残せているのだ。
そしてその流れは、遂に三役と前頭上位にも波及する。
つまり、他の力士も逸ノ城に慣れてきたのである。
5月の二所一門の連合稽古に来ていた逸ノ城は、三番稽古で見るも無残なほど勝てなかった。何度やっても、同じ形で攻略される。そして相手は稀勢の里や琴奨菊ではない。高安だったのだ。
考えてみると当時からその前兆は有った。名古屋場所でも4勝11敗、そして初場所では2勝13敗。逸ノ城対策は見事なまでに浸透し、今や誰もが実行可能な状態だ。蒼国来や琴勇輝に至るまで完璧な相撲を取っていたことは一つの驚きだった。
同じ相撲を取っていて生き残れるほど、中入り後に登場する力士は甘くない。そして、中入り前の力士達ですら虎視眈々とその首を狙っている。誰もが進化する中で、自分も成長せねば生きていけない。それが出来ぬ者は、淘汰されるだけなのだ。たとえそれが、1年半前は土俵を席巻した逸ノ城であっても。
大阪場所ではそれをどう乗り越えるか。幕内下位の力士も逸ノ城対策を遂行できるか。逸ノ城を通じて、幕内力士の凄さに目を向けてみようではないか。
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