外国人アラサー幕下力士が相撲を続ける理由と、続けぬ理由。

日本出身力士が10年ぶりに幕内総合優勝を果たした。
非常に感動的な優勝だったことは間違いない。遠ざかれば遠ざかるほど日本出身力士に対する叱咤と激励が増す中、双肩に掛かる重圧も比例していたはずだから。
だが、この優勝から遠ざかる10年で、かつては日本出身力士が果たしてきた責任の大部分を外国人力士達が担ってきたという事実も有る。近年の大相撲については、彼らの貢献を語らずには始まらない。
若くして言葉も文化も分からぬ国に来て、それぞれがそれぞれの苦労をして力士として成長してきた。彼らには勝たねばならない理由が有る。だから強くなるし、場合によっては手段を選ばないということもその背景を考えれば理解できなくもないことだと思う。
番付の上位にモンゴル人を始めとする外国人力士が存在しているのは必然だろう。初場所での外国人幕内力士の数は15人、十両力士は7人。関取の4人に1人は外国人力士という状態なのである。
だがその陰で、十両を目前にして、もしくは十両を経験しながらも幕下で悪戦苦闘する外国人アラサー力士が存在していることをご存知だろうか。
魁。
豪頂山。
竜王浪。
彼らは30を目前にして幕下上位で相撲を取り続けるモンゴル人力士である。魁には5場所の十両経験が有るが、豪頂山と竜王浪は関取未経験だ。初場所の番付は、3人とも幕下10枚目付近。関取が目指せる位置であることは間違いない。
魁は十両から幕下に落ち、幕下シングルを行き来している。そして豪頂山と竜王浪は30歳を目前にして徐々に番付を上げ、自己最高位付近に位置し続けている。つまり、決して何かに甘えてこの位置に停滞している力士という訳ではないのだ。むしろ自己最高位付近での土俵が続くことからも、常に彼らが進化していることが分かると思う。
特に豪頂山に関してはここ3年で一気に強くなった力士だ。25歳までの彼は、幕下と三段目を行き来するレベルだった。だが、透川から豪頂山と名前を改めてから一気に幕下10枚目付近まで番付を駆け上がった。幕下には東西60名、つまり120名が在籍しているのだが、25歳という決して若くない年齢にして豪頂山は実に100人抜きを果たしたことになる。これは想像以上に困難なことである。
外国人力士である彼らには、勝たねばならぬ理由が有る。成長に限界が見えてくる30歳という年齢でも、進化を遂げるのは彼らの背景によるところが大きいだろう。素質が劣っていても、身体が劣っていても、日本に来ている以上彼らは強くならねばならない。後戻りは出来ないのである。
だが、反面で彼らには相撲を辞めることを考える理由も有る。
彼らは外国人だ。
更に、彼らには関取経験が殆ど無い。
その上、彼らはアラサーである。
つまり、相撲界に残れぬ理由が多いのである。
相撲界に残るには、年寄株を取得せねばならない。その条件として一定期間の関取経験が求められる。彼らに現実的な条件としては30場所以上、つまり4年半は十両以上でなければならない。もう一つの条件としては20場所以上の幕内経験が必要だが、条件としてはかなり難しいものだ。最高位小結以上というのは更に厳しい。例えば翌場所十両昇進したと仮定しても、例えば豪頂山は4年半経過すれば33歳だ。余談だが十両には28名の力士が居るが、33歳以上の力士は朝赤龍、時天空、里山の3名。もうかなりの力士が力を落す年齢であることが分かるだろう。
加えて日本国籍の取得という問題も有る。日本出身力士の多くがその後の人生を相撲界に残ることをモチベーションに相撲を続けている。だが、先の3名にはそれがかなり難しい話なのである。力士としても大変困難な条件が有り、更には彼らだけではどうにもならない問題まで有るのだ。
更には、もう一つ彼らを悩ませることが有る。
外国人力士は1部屋に1人しか在籍できないのである。
相撲部屋の運営は、想像以上に厳しい。力士の数だけ、そして地位に応じて部屋には資金が提供される。以前私はこんな話を聞いたことが有る。
とある部屋が差し入れに貰って一番嬉しいもの。
それは、米であると。
ちなみにこの部屋はとある有名関取が在籍しているのだが、想像以上に部屋の経営が厳しく、食費を賄うのもかなり大変な状況だということだった。力士が3人というような環境であれば分かるのだが、伝統と歴史の有る部屋がそこまで困窮しているという話を聞き、私は言葉を失った。
今は1部屋1外国人力士という制度が有り、大半の部屋には外国人力士が在籍している。逸ノ城が部屋に空きが無かったためにアマチュアを1年続け、湊部屋に入門したのは有名な話である。有望なアマチュア力士すら入門に腐心する状況で、まだ関取ではないアラサーの自分が助っ人枠としての役割を果たせていないとしたら、どう考えるか。少なくとも私が力士であれば、そこに想いを馳せることだろう。
当然彼らの役割は、助っ人としてのそれだけではない。大露羅を見れば、彼らに求められるのが戦力というだけのものでないことはお分かりいただけるだろう。だが当事者であれば、そうしたネガティブな部分を考えることになる。そこに葛藤が有ることは想像に難くない。豪頂山の在籍する峰崎部屋は花籠部屋閉鎖に伴い、もう一人の外国人力士である荒鷲が在籍しているが、その荒鷲ももう若くはない。
彼らを力士として成長させる動機は有る。
だが、力士としての終わりを考えざるを得ない動機も有る。
そういう中で彼らは相撲を取り続けている。
「諦めなければ夢は叶う」
簡単に口に出される美辞麗句である。だが夢だけでは生きられぬ現実が有るのだとしたら、どうだろうか。様々な葛藤が有る中、それでも土俵に上がり続けて自己最高位近くで奮闘する力士が居る。大阪場所ではそんな「幕下相撲の知られざる世界」に目を向けていただければ幸いである。
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