里山の言葉に思う。全ての力士が弱さと闘うからこそ、相撲は面白い。

「考えることが有るんですよ。『もし自分が負けたら相手が上っていけるんだろうなぁ』って。」
1年半前、錦糸町でそう語った力士が居た。
彼の名は、里山浩作。
ここ数年は十両を主戦場にするベテラン力士である。
34歳の彼のこの言葉には、並々ならぬ重みが有る。今でこそ里山は人気力士だが2年務めた関取の座から転落し、4年あまり幕下で苦しんだ日々が有った。幕下上位では結果が出ず、幕下中位で勝ち越し、上位で跳ね返される。それも27歳から30歳という、力士として一般的に充実期を迎える時期の出来事だ。
日大を卒業後、前相撲から始めて僅か2年で十両に昇進。十両でも結果を残し、幕内を2場所務めるも、そこから長い低迷期に入った。首を痛めたことも有り、十両に転落から3場所で関取の座さえも失ったのである。
このような力士は里山の他にも居る。幕下は一度抜け出せないと、幕下に定着してしまうことが多い。不思議なことに、幕下に落ち付くと幕下の相撲を取ってしまう。そして、体つきも幕下のそれになってしまうのだ。
低迷が長くなると、気持ちが弱くなる。ましてや幕下となると、人種のるつぼだ。里山のような再起を賭ける力士も居れば、大卒エリートも居る。粗削りな外国人力士も居る。徐々に力を付けてきた叩き上げも居る。
誰もが負けられない。120人に120通りのストーリーが有るのが、幕下である。実績有る力士であっても、何かが崩れれば彼らの餌食になる。少しずつ足りないものは有るが、それを気持ちで補おうとするので見ていて感じるものも多い。弱い気持ちを抱くと勝つのが難しいのが幕下という舞台なのである。
長きに亘って低迷した過去の有る里山が、言葉を選びながらそんなことを話した。想像以上に重いことである。今でも弱気になりながらも、同世代が次々と引退する中で闘い続けている。
そして、この言葉が重大な意味を持つのにはもう一つ理由が有る。そう。里山はあの一番でも同じ気持ちを抱いていたということだ。
里山が低迷していた最終盤、十両昇進と幕下降格を繰り返している頃が有った。
勝てば天国、負ければ地獄。
月収100万円か、10万円か。
個室か、大部屋か。
付き人が付くか、付き人になるか。
そういう闘いをしていた頃、里山の大一番を目の当たりにしたことが有る。当ブログを長くご覧になられている方ならもうお分かりだろう。
2012年初場所。
幕下筆頭で迎えた里山は3連敗から3連勝で、この生死を賭けた一番に臨んでいた。そして里山の対戦相手もまた、幕下11枚目から6連勝で一生を懸けた大一番に臨んでいた。
その男の名は、吐合明文。
学生横綱を経て幕下15枚目格付け出しデビューを果たすも、両膝に大怪我を追い、幕下15枚目格付け出しデビューとしては初めて前相撲からの再起を図ることになった。幕下まで戻るも、そこから先が上がれない。かつての押し相撲が取り切れない。一進一退を続ける中、入門から約8年で吐合はようやくチャンスを掴んだ。里山にも背負うものが有るが、吐合にとっても重過ぎる意味を持った一番だったのである。
そして当ブログはそもそも、この吐合を追うために作られたものだった。
あの一番でも、里山は吐合のことを想っていた。同世代の大卒力士として、対戦経験も有った。突き押しが二段階で伸びてくることも知っていた。そして、その押しの特殊性を知らずに敗れたことも有ったそうだ。同じように低迷し、一進一退を繰り返し、同じように一世一代のチャンスを掴んだ。
敗れた吐合はその後十両昇進することは無く、昨年引退した。里山はその後、一場所だけ幕下陥落は有ったがその後は関取としての地位を保ち続けている。
吐合にとってそれは一世一代の取組だった。だが、里山はそういう取組をこの4年間取り続けているのである。それも、冒頭の葛藤を抱いた状態で。
関取というのはなんと厳しい立場なのだろうか。時に他の力士の一生を潰しながら、自分が生き抜く。葛藤を経て、弱い気持ちを封じて、鬼になる。そういう相撲を取っているからこそ、里山の取組には何かを感じるのかもしれない。
力士は強い。
だが、弱い部分も有る。
私にとって里山が特別な存在なのは、そういう理由からである。だが、里山だけが闘っているのではない。全ての力士が等しく闘っている。弱さと闘っているのである。
相撲を観ることは、スーパースターの超人的な活躍を観るという意味合いも有る。だが里山のこの話は、私達と何も変わらぬ人間が、泥臭い闘いをしているということも意味しているのだ。
里山、頑張れ。
そして全ての力士よ、頑張れ。
1年半前のあの日、出来上がった里山が歌う「ワイド節」を聴きながら私はそう思った。そして、この時もう一つの話を聞いたので、それはまた別の機会に。
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