正代の被災者への「元気を届けられれば」より伝わる言葉を考える。

正代が横綱大関戦を終えた。
一言で言えば「玉砕」だった。
何もできなかった。
させてもらえなかった。
それだけだった。
正代は勇気ある力士だと思う。相撲を取り続けてきて、ここまで挫折らしい挫折は無い。アマチュアでの輝かしい実績が有り、前相撲からここまで順調すぎるペースで昇進を続けてきた。
立場が付けば、本能的に自分を守ろうとする。負けた時の理由を探そうとする。上位総当たりというのは、そういう厳しい場だ。白鵬が居る。日馬富士が居る。そういう中に正代が居る。勝負の世界に居れば力量の差など痛いほどわかる。
今場所の正代は、これまでの全てが粉々になる恐れが有った。自分を試し、全否定され、力の差に愕然とする未来も考えられた。そして正代は圧倒的な実力差を見せ付けられる結果となった。
だがそれでも正代は、自分の相撲を取り続けた。張られても、張られても、自分に出来る最高の相撲を取りに行った。そして、こっぴどくやられた。それでも正代の相撲が変わることは無かった。自分の相撲を貫き続けた姿はカッコ悪かったが、カッコ良かった。
ただ、一つだけ気になったことが有った。昨日照ノ富士に勝利した時のインタビューでのコメントを紹介したい。
「少しでも熊本の皆さんに元気を届けられれば」
最近よくこのような言葉を聞く。正代だけでなく災害が発生した時にスポーツ選手はこのようなメッセージを残すことが多い。
被害に遭われた方のために、スポーツ選手として闘う姿を見せて元気づけたい。ということなのだが、どうしても違和感を覚えてしまうのである。
スポーツは、基本的には娯楽だ。レクレーションとして楽しむためのものである。基本的には結果に一喜一憂することを楽しむ。そして現実に戻っていくわけだ。
スポーツを通じて元気になるとか、感動を与えられるとか、勇気づけられるとか、そういう経験は非常に稀だ。恐らくスポーツを観ていて、最大級の驚き、気持ちを揺さぶるようなドラマやパフォーマンスで初めてその境地に辿り着くことだろう。
正代はもっとやれる力士だ。将来の有る力士だ。上位相手に玉砕し、手負いの照ノ富士を相手に勝つような次元で終わる力士ではない。そういう力士が横綱大関戦の最後に初白星を挙げるのは普通のことだ。元気づけられる次元の活躍に至るには、まだ足りないのである。
それに被災者というのは辛い立場だが、誰もが勇気有る存在だと私は思う。今年の1月に震災以降初めて以前住んでいた福島を訪れたが、変わらぬ日常を送る方達の姿に驚かされた。新卒の頃に通っていたラーメン屋が普通に営業している。味も店の佇まいも何も変わらない。
しかし、そこには想像以上の苦労が有ったことは間違いない。その日常に至るまでに、店を再開するのに、客が戻るまでに、相当な苦労が有ったと聞いている。被災者にも被災者の数だけストーリーが有り、歯を食いしばって乗り越えてきているのだ。
福島の街は、一見以前の姿を取り戻したようにも見えた。だが以前勤めていた学習塾の有った場所には、除染を行うための業者がオフィスを構えていた。通勤経路の土手には、放射線濃度を計測するための設備が有った。変わらぬように見えて、そこには過酷な現実が有る。
それでも、彼らはそこで生きているのである。
彼らは単なる弱者ではない。
一人一人がヒーローなのだ。
そういう彼らに対して、元気づけたいとか勇気づけたいというのはおこがましくないだろうか。私にはとても言えない。
恐らくこの「元気づけたい」や「勇気づけたい」というのは、心の底から上から目線でそんな風に考えているということは無いと思う。単に被災者の方へのメッセージとして、前向きなコメントを残したくて様々な方がそういうことを言っているのを踏まえ、自分も同じことを言っている。そんな程度の話だと思うのだ。だから私は被災者を勇気づけたいという方にそこまでマイナスの感情を抱くことは無い。
だが、せっかく同じ方向を見て、被災者の力になりたいのだとしたらもっと的確な言葉が有るのではないかと思うし、誤解を与える可能性も有るのではないかと思うのだ。これでは折角の頑張りが無駄になってしまう。それは大変惜しいことだ。
被災者を超え、彼らの先頭に立って元気や勇気を与える存在になるのは困難なことだ。だが彼らと同じ目線に立ち、同じように苦しみながら歩むことは出来ると思う。つまり「元気になってほしい」ではなく「一緒に頑張りましょう」。そういう等身大の言葉の方が届きやすいのではないかと思うのだ。
折角同じ方向を見て復興に向けて尽力するならば、多くの方に喜ばれて欲しい。おらが村のヒーローとおらが村が肩を組んで乗り越える姿を、私は見ていたいのである。
だから頑張れ、正代。
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