国民的行事の爪跡。稀勢の里の2敗目は不甲斐ないのだろうか。

大一番を終えた稀勢の里が、翌日敗れる。この3年の中で繰り返された光景が、そこには有った。
そうなって欲しくない。ここでまた、今場所の稀勢の里を見せ付けて欲しい。今場所の成長は、そういう繰り返されてきた光景を払しょくすることが出来るものだ。そんな風に楽観的に考える自分も居た。しかし、それはあくまでも悲観的な将来から目を背ける行為でしかなかった。
本音で言えば恐らく駄目だろうと考えていた。嫌な予感しかしなかった。根拠は特に無かった。この不安に向き合うだけの余裕が無かったのである。だから私は稀勢の里について呟けなかった。
これだけ好きで観てきた大相撲なのに、昨日はあまり観る気がしなかった。誰かと食事にでも行こうかと考えていた。気を紛らわせたかったのだ。ただ、他愛の無い話をしていたかった。
それでも相撲中継を私は観ていた。去来したのは義務感だろうか。それとも、楽観的な未来にすがりたかったのだろうか。たまにこういう時は有る。白鵬が荒れた翌日など、正にそれだ。
だが、結局私は観ている。
集中できなくても、大体観ている。
もう私にとって相撲とはそういう位置付けなのだ。
そして一日明けてようやく振り返る。
果たして稀勢の里は不甲斐なかったのだろうか。
何も変わっていなかったのだろうか。
今言えるのは、分からないということだ。
確かに結果だけ見ると何も変わっていない。可能性を見せた後で、絶望に突き落とされる。しめ縄を手繰り寄せて昇る稀勢の里が「蜘蛛の糸」のカンダタのように落ちていく。琴剣さんはイラストでこのように表現していた。
綱取りの終焉という事実を地獄と見立てれば、この例えはしっくり来る。だが、稀勢の里が成長していないという結論に見立てた例えかと言えばそうではない。それほど白鵬稀勢の里の歴史的一戦、国民的行事は重過ぎる闘いだったのである。
あの大勝負を敗れた後で、同じテンションで闘える力士は居るだろうか。私は白鵬でも無理ではないかと思う。1月場所で琴奨菊に敗れた後で、別人のような2日間だったことは記憶に新しい。稀勢の里戦の謎の立合など、その典型だ。考えてみると九州場所でも白鵬は終盤で連敗し、優勝争いから後退した後で立て直す難しさを体現している。
考えてみると、初優勝というのは勢いと神懸った何かが必要なものだ。最近であれば琴奨菊や鶴竜が、そういうものを見せていたように思う。ガブりで根こそぎ持って行く。アッパー張り手を白鵬に見舞う。そういう力を借りて、高みに到達しているのである。
この一番という一戦を落せば、当然勢いは止まる。気持ちも立て直さねばならない。そういう強さは大横綱しか持ち得ないものだ。
追う立場の大横綱を畏れるからこそ、隙が生まれる。大横綱が動じないからこそ、不安が生まれる。実績という事実にはそれだけの力が有るのだ。
昨日の稀勢の里に求められた能力は、あまりに高過ぎた。そういうことだったのではないかと私は思う。故に稀勢の里が成長していないか、という質問は現時点で分からないのである。
ただ一つ言えるのは、稀勢の里が越えなければならない白鵬は、この日も名勝負を繰り広げていたということだ。
最強チャレンジャーの稀勢の里の最高の相撲を退けた翌日で、最速の横綱の攻めを凌ぐ。昨日も白鵬は厳しい闘いを強いられた。3敗しているようにはとても思えないような、日馬富士の気迫の籠った攻めだった。恐らく今場所一番の内容だったのではないかと思う。速攻で屈してもおかしくはなかった。
それでも、白鵬は結果を出した。
稀勢の里は、この白鵬を乗り越えなくてはならない。同じ時代に生まれたことは不幸なのだろうか。守りの形を完成させたことで、普通ならば相撲界の頂点には立てる。
だが、2016年の大相撲ではもう一つの力が必要なのである。守りながらも自分で相撲を作り、勝ちを掴み取るための形が必要なのだ。
稀勢の里はそういう機会を得たのだ。
白鵬が居るからこの物語は魅力的なのである。
物語には続きが有る。
自分の相撲を更に高めるという物語が。
終わりだけど、終わりじゃない。
千秋楽は終わっていない。
1ヵ月半経てば、次は名古屋場所がやってくる。
稀勢の里の闘いに終わりは無い。
時に不安に慄き、時に希望に胸躍らせ、闘いを見届けようではないか。
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国民的行事の爪跡。稀勢の里の2敗目は不甲斐ないのだろうか。” に対して3件のコメントがあります。

  1. yassy712 より:

    白鵬はラフ相撲を駆使して体力精神のスタミナを温存して最後の数日最高潮に持ってきたように見えました。稀勢の里にはそこまでのコントロールは難しかったのかな。
    白鵬は激闘を見越して場所を通して準備していたとしたら差は結構あるのかもしれません・・

  2. godust より:

    白鵬が居なければ稀勢の里がここまで成長することもなく、稀勢の里が居なければ白鵬は最強と言われつつライバル不在というレッテルを張られていたと思います。
    そういった意味では、この2人が揃ったことは2人にとって、そして相撲界にとって僥倖だったのではないのでしょうか。
    …稀勢の里がだいぶ割喰ってますが。
    彼は横綱になれないかもしれない。
    しかし、なれなかったとしても時代を代表する力士だと評価されるべき。
    そう言えるほど、先日の取り組みは素晴らしいと感じました。

  3. nihiljapk より:

    やはり白鵬は様々な意味で勝ち方を知っているんですよね。これは本当に大変です。稀勢の里にとっては辛いことですが、その事実に10年向き合っている。それだけで強い男だと思うんです。

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