2016年の全国学生相撲選手権の知られざる世界。前編。

11月6日。
私は、両国国技館に足を運んでいた。
大相撲九州場所を1週間後に控えた今、なぜ国技館と思われる方も居るかもしれないが、少し相撲をかじった方であればお分かりかもしれない。そう。全国学生相撲選手権が行われるのだ。
様々な意見は有るが、今の相撲界に於いて学生相撲は重要な位置を占めている。多くの才能が学生相撲を目指し、それを経て角界入りする者も居ればアマチュア相撲を選択する者も居る。大相撲で活躍する多くの力士は学生相撲出身者だ。そして、相撲界のこれからを支える子供達を指導する多くが、学生相撲を経ることになるのである。言い換えると学生相撲の今が、大相撲の未来に直結するのだ。
彼らの相撲はいかなるものか。大相撲と、アマチュア相撲の未来はどうなるのか。この目で確かめたいと思い、行楽日和の秋の週末ではあったが、気がつくと私は通い慣れた国技館に到着していた。
普段であれば瓶付油の香りが漂う国技館だが、そこに力士は居ない。彼らは選手だ。そして、行司は蝶ネクタイの審判である。
大相撲とアマチュア相撲は違う。たまに観る度に驚かされる。私は基本的に大相撲を観る人間だ。アマチュア相撲は数ヶ月に一度観る程度なので大相撲の尺度が残った状態でアマチュア相撲に触れるので、違いに戸惑い、違いを楽しみ、時に違いに苛立ちを覚える。
私にとってのアマチュア相撲とは、つまり異文化交流なのである。
この日は団体戦が行われていた。大相撲に団体戦というカテゴリーは無い。大学対大学。電光掲示板が有る場所には、各大学の校旗が張られている。異なる尺度で争われる闘いとはどのようなものか。
まず、2階席に目がいく。
この日の観客席は2階が立ち入り禁止だ。だが、唯一例外として許されているが、応援団の入場である。
応援団と聞いて、 チアリーディングのような現代的なものを思い浮かべられる方も多いと思う。だが、国技館の2階席に居る応援団とは、いわゆる昔ながらのバンカラスタイルだ。詰襟の学生が声を張り上げ、グルグルと振り回す。それに引き続き、団員も声を張り上げ、統一した動きで選手を激励する。
昔から何も変わっていない。この30年の中で彼らの応援スタイルは、傍目には新しい何かがあるようには思えない。
私が子供の頃、つまり80年代から90年代にかけてすら絶滅しつつあった彼らは、今も存在していたのだ。だが、その数は悲しいほど少ない。3人程度で構成されるところもあるほどだ。声に厚みが無いので、集団応援ではなく個人の声がよく聞こえてしまう。それもまた、学生相撲応援の今なのである。
土俵に目を向けると、選手たちもまた独特だ。
学生がこの時代に相撲を取ることそのものが変わっているのだが、彼らの中で特に変わっているのが、そのヘアスタイルだ。
丸坊主ならまだ分かる。高校野球でも存在しているし、その意図するところは一つの道に邁進するということだからだ。禁欲的に、ただ相撲だけに実直に向き合う。だが、彼らの場合は一定の自由が与えられている。短髪であれば許容範囲なのである。さすがに福士蒼汰風の選手はどこを見ても存在しないが、甲子園のフィールドとは状況が異なるのだ。
そんな彼らを見ると気になることがある。どこのヘアカタログを探しても、彼らのそれは見つからないのである。
一番驚いたのは、スポーツ刈りの選手が存在していることだ。前髪以外はほぼ坊主。何がどう「スポーツ」なのか分からないあのヘアスタイルは20年前までは比較的ポピュラーだったが、今あのスタイルを所望する若者は日本ではほぼ皆無だし、それを推すサロンも見たことがない。
彼らの多くは一昔前にスポーツ少年がしていたスタイルだ。逆に今、そういうスタイルを発注することの方が難しいと思わされるほどだ。恐らく彼らには彼らのルールがあり、それに準じているからこそ、流行りのショートスタイルの選手が居ないのではないかと思う。それほど学生選手達のスタイルは異質である。
大相撲が行われる時の国技館は、江戸時代にタイムスリップする場であると私は思う。丁髷も、ふんどしも、茶屋も、行司も、呼出も、建物も、そして勿論、相撲そのものも。かつての日本を楽しみ、非日常を楽しむことが大相撲の魅力の一つだ。
だが学生相撲という世界も2016年の日本ではない、かつての日本が存在しているのである。それが60年代なのか、70年代なのかは分からない。三丁目の夕日では感じることのできない日本がそこにある。ただその日本というのはノスタルジーで語られぬものだ。美化された世界でもないし、反面教師にすべき世界でもない。単に、失われて久しい世界だ。
大相撲とも異なる異世界。
現代日本ではない日本。
それが、学生相撲の世界だ。
さて、そんな彼らの取組とはいかなるものか。正面のマス席の最後方を1人で確保した私は、おもむろにタブレットを取り出しながら想いを馳せるのだった。
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