コーチ役と、関取復帰の夢。頑張れ、大岩戸。

「え、あの『I love 吐合』の方ですか❓お噂は予々伺っております!」
2月終わりの寒さが染み入る中、八角部屋の外で廻一つで話に付き合ってくれた力士。それが、大岩戸だった。
人懐っこい笑顔と、力士にはあまり見ない普通の気遣い。力士の多くが大相撲の世界以外を知らないせいか、力士としての常識と、力士としての振る舞いを身につけている方が大多数だ。力士のプロとしては素晴らしいのだが、あくまで彼は力士であり、話していくうちにその違いを壁を感じてしまうことが多い。
普通の気遣いと、普通の振る舞い。この二つが出来る力士は限られている。力士としてのプロである以前に、社会人としてのプロ。大相撲という特殊な世界でこうした普通ではない普通に出会うと、私は嬉しくなる。
しかし、この感覚はどこか懐かしい。取り口もさることながら、風貌や話し方、そして振る舞いも似ている。
そうか。
大岩戸は吐合さんの近畿大学時代の1年先輩だったのだ。
取組も無いのに、部屋も違うのに、現役最後の相撲を終えた吐合さんを花道で出迎えた義理堅い男。同じ大学で、同じ幕下15枚目格付け出しデビューを飾ったものとして、そして何よりその苦労を知る者として最後の時を共有する。今まで聞いたことがない話だった。
気にはなっていた。
元関取。
元幕内力士。
しかし、ここ3年は幕下で相撲を取り続けている。
もう35歳だ。
後が無いどころの話ではない。
次の道を嫌でも考える年齢である。
この日の稽古で現場監督のような役割を果たしていたのは、隠岐の海だった。激しく若手力士を鍛えている姿に驚かされたが、その脇でコーチとしての役割を果たしていたのが大岩戸だった。彼もまた、若手力士には厳しい。息の上がる若手の髷を掴み、蹴りを入れることもある。弱い心を見せた時は容赦しない。
技術的な指導を加えることも有るが、どちらかと言えば逃げ道を断ち、自分を追い込むお手伝いをするような、そういう役割を担っていたように思う。幕下力士がコーチを兼ねるというのは、あまり見たことが無い。北の湖部屋では吐合さんがやはり同じ立場を担っていた覚えがあるが、その程度だ。
私は大岩戸さんにそのことを尋ねた。
すると、彼はこう答えた。
「親方から言われているんですよ。『引退する前に、若い奴らに持ってる技術を伝えてくれ』って」
大岩戸は、関取在位が24場所の力士だ。年寄株を保持しているかは不明だが、その権利を得るにしても在位が足りない。部屋を継承する場合はその限りではないが、本当なら相撲に集中したいのは間違いない。
そして、親方も大岩戸にもう一花咲かせてほしいというのではなく「引退前に」という言葉を使っている。幕下40枚目前後では大勝ち出来るが、幕下20枚目前後では負け越す力士の現状を考えると、そういう捉え方になるのは分かる。
ただ、大岩戸自身がこのエピソードを語ってくれたのだから、彼は自分の置かれた現状をよく分かっているのだ。今のままでは返り咲くことが厳しいということも、部屋からの期待がそういうことだということも、全て受け入れた上で相撲を続けている。
決して関取を諦めた訳でないことは、この地位を保てることからも明らかだ。幕下は関取を諦めた力士が務められるほど甘くはない。そういう力士が120人集うからこそ、あれだけ厳しい相撲が展開されている。
大岩戸のような力士にこそ、十両返り咲きを果たしてほしい。ただ、全員背負うものがある。勝たねばならない理由がある。だから、大岩戸でも幕下40枚目なのだ。
八角部屋では1日の稽古の中で成長する力士が確かにいる。それは、大岩戸の功績でもある。自身の番付には残らないが、ある意味でそれ以上の価値が有ると言ってもいいだろう。八角部屋は停滞する力士が多い印象だったが、今場所はその壁を破るものも増えている。北勝旺や北勝川が正にそれだ。
コーチとしての役割も良い。
ただ私はやはり、力士として輝く大岩戸を見たい。
残された時間は限られている。その中で大岩戸がいかに十両に復帰するのか。そしていかに相撲を辞めていくのか。土俵で起きたことを全て受け入れようと思う。
頑張れ、大岩戸。
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