今の稀勢の里は、山王工業戦後のスラムダンクである。

漫画「スラムダンク」で、一番の試合として思い出される山王工業戦。

この試合は名シーンの名シーンの連続だ。全選手が現在進行形の自分を受け止め、受け入れ、そして前に進む。数度に亘り大差を付けられるも、乗り越えた選手たちが見せるスーパープレイによって蘇る。そして、大会前に特訓したジャンプシュートで勝負は決着する。

私と同世代だと今でもこの試合を読んで、堪えられないという方は多いと思う。この物語が素晴らしいのは山王工業戦を頂点として、最終回を迎える点だと思う。恐らくこれ以上の話は成立しないからだ。だが、スラムダンクを読んだことのある方はご存知だと思うが、実はこの試合の後日談がある。

そう。
実にシンプルな文章で大会を締めくくるのだ。

「山王工業との死闘で全てを出し尽くした湘北は続く3回戦愛和学院にウソのようにボロ負けした」

物語は美しい場面をクローズアップするからこそ、綺麗に映る。フィクションは美しい場面を映えさせるために様々な伏線を張り巡らせ、クライマックスで全てを回収する。クライマックスが頂点だからこそ、その後が事細かに描かれることはない。それがフィクションの素晴らしいところなのだ。

だが、現実の世界はこうはいかない。

稀勢の里にとって昨年の大阪場所は、スラムダンクに於ける山王工業戦だったのかもしれない。全ての苦労が実を結び、最高の相撲で12日間を終えた後での大怪我。14日目になす術なく敗れてこれまでと誰もが思ったところで、横綱としての、そして稀勢の里としての凄みを見せて連勝する。本割は変化。そして、決定戦では土俵際の小手投げ。これ以上の物語は無い。

これが映画ならば、君が代に咽び泣く稀勢の里を映してエンドロールが始まるところだが、2ヶ月に一度大相撲は等しくやって来る。

あの時感動を産む装置となった大怪我は話を盛り上げる要素ではなく、稀勢の里を蝕み続ける。あの時感動を呼んだ横綱としての責任感は、完治しない状態での強行出場へと誘う。

漫画であれば後日談は一文で済まされる。
だが、現実だと後日談は延々と続くのである。

「稀勢の里はもう元の相撲が戻ることはなかった。そして、1年後に引退した。」

これだけで終わったらどれだけ楽だろうか。
我々は今、延々と愛和学院戦を見せられているのだ。

もう稀勢の里が本来の相撲を取れないことに私は慣れてしまった。そして、相撲が戻らないことに驚かなくなってしまった。期待をしていないわけではない。むしろ、フィクションを超えるほどのドラマを見せたことによって、更なるドラマを期待している自分が居る。

諦めようにも諦められないので、相撲が戻らないことに絶望しながらも、このままでは引退が近いことに追い込まれながらも、18時前には何かを期待し、そして裏切られる。

5月以降の大相撲は本当に辛かった。稀勢の里が休場してからようやく相撲を楽しめた。若手の台頭を喜べたし、笑って相撲を見ることができた。まだやらかしていた頃の方が楽だった。期待に応える時が多かったからだ。

今は、違う。

稀勢の里は今、期待に応えるだけの相撲を取れていない。可能性が見出せない。それなのに、休まない。そして、序盤戦で星を落として休場していく。

終わりの無い愛和学院戦。
湘北高校がボロボロに敗れるだけの物語。
こんなストーリーではクレーム必至だ。

だが、これが現実なのだ。

こんな漫画ならばもう読むのを止めているだろうが、大河ドラマ稀勢の里は結局見てしまう。見放すわけにもいかないし、それでも、僅かでも可能性がある限り悪い中にも希望を見出しながら都合良く解釈して見届けている自分がいる。

結局私は、稀勢の里中毒者なのだ。

◆トークライブのお知らせ◆
2月4日18時より錦糸町丸井のすみだ産業会館でトークライブ「第5回幕内相撲の知ってるつもり⁉︎」を開催します。今回も週末に実施しますので、皆様奮ってご参加ください。テーマは追って発表いたします。

トークライブの予約サイトはこちら

今の稀勢の里は、山王工業戦後のスラムダンクである。” に対して 2 件のコメントがあります

  1. 私はもう少しだけ希望を持ち続けたいと思います。

    まずは今場所、出ると決めた以上は、たとえ大幅に負け越してでも15日の皆勤を目指してほしいと思います。横綱昇進後の4場所、ずっと途中休場が続いていますが、一方で、その間の巡業で(全休はあったかもしれませんが)途中休場したという話は聞いていません。それに、横綱が15日皆勤しての負け越しも過去に2例だけあります(これはどちらも7-8)。

    その上で来場所は、全休するなら最初から全休してリハビリに専念する、出るなら万全の体調を整えて出場して優勝争いに絡む意気込みで臨む、という決断を下してほしいと思います。

    思うに、稀勢の里という人はもともと、横綱昇進当時の貴乃花や白鵬のような「圧倒的に強い超人」ではなく、「逆風にもめげない鉄人」という立ち位置でこれまで歩んできた人です。なので、「横綱はこうあるべき」という今までの慣習には反するかもしれませんが、ファンとしては「鉄人の生きざま」をもっと前面に押し出していってほしいと思います。

    『スラムダンク』に例えておられますが、3回戦で負けた湘北高校、もしかしたら敗者復活戦を勝ち上がって銅メダル、という可能性だってありえなかったわけじゃないのでは、と思うのですよ。それを稀勢の里には期待したいと思います。

    (もちろん、実際の『スラムダンク』のストーリーでそういう話になっても、安西監督が「FW桜木花道は敗者復活戦には出場させない」という決断をしたでしょうけど。)


    1. と書きましたけど、結局途中休場になってしまいました。
      舞の海さんは大胸筋を傷めて土俵生命絶望かという論調で語っていますが、その前の北の富士さんの分析は「そもそも足腰が高くて踏ん張れない」すなわち「稽古ができていない」でした。
      3月場所を全休してでも万全の体制で足腰を鍛え直して、せめてもう一度、花を咲かせてほしいと思います。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)