元関取が幕下で取る理由。
関取として一人前に相撲を取っていた
実績のある力士は、一体何故給料の一切出ない
大部屋でのハングリーな暮らしを受け入れることが
出来るのだろうか?
これが陥落したての力士なら分かる。
何故なら彼らは調子が悪かったり
少し上手くいかなくて結果が伴っていない
だけだからである。
野球で例えれば、一軍半の選手が
調子が多少悪いからと言って
野球選手としての道に別れを告げないのと
同じことなのである。
私が話したいのはそのような前途有る
力士のことではない。
そう。
かつて名を残した、誰もが一度は目にしたことが有る
そんな力士も幕下で原石に交じって
泥まみれになっているのである。
単に相撲が好きだから?
確かに46歳になっても序二段で取っていた
一ノ矢のような力士も居る。
だが、純粋なだけで相撲を取り続けるほど
無給生活というのは甘くない。
彼らが相撲を取り続けるのは、
大きく分けて理由が二つある。
その一つが、「相撲界に残りたいから。」
決してここで言う相撲界というのは、
力士として、という意味ではない。
親方として、ということである。
親方に成れる人の数は
国会議員と同じで限られている。
108人という、奇しくも煩悩と同じ数だけ
親方が存在するなかで、
誰しもその職を求めることになる。
出来れば先行きが見えない
ちゃんこ屋にはなりたくないし、
ちゃんこ屋すら出せない貧乏な力士を待つ末路は
その肉体を活かして警備員になったり
力を持て余してヤクザに転落したり、
少なくとも土俵の上に居るよりも輝くことは無い。
だが、親方になるにしても数が限られているうえに
誰でもなれるという訳ではないのである。
現行の条件は以下の通り。
・最高位が小結以上
・幕内在位通算20場所以上
・十両以上(関取)在位を通算30場所以上
注目は、3行目である。
十両の経験場所を重ねることによって
彼らはちゃんこ屋や警備員から
一生安泰な親方への道を切り開くのである。
だからこそ、給料が無くとも
その後の身の安泰と名誉、そして自らの
プライドを充足させるためにも、
彼らは大部屋で雑用を黙々とこなすのである。
力が落ちても、わずかな可能性に賭けて
幕下でエリートに対してあらゆる手を尽くす、
そんな元関取。
彼らの明日はちゃんこ屋なのは、
ほぼ確定なのに、それでも衰えた肉体を
揺り動かしてしょっぱい相撲を取り続ける。
そう。
彼らには汚す晩節など無い。
泥にまみれたプライドと、
地に落ちた名誉。
そんな人間模様が有るのも、
幕下の日常なのである。