「尊富士は大横綱を上回っている」のは本当なのか、検証した
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尊富士は歴代横綱を上回っている!?
昨日日刊スポーツでこんな記事がありました。
大横綱上回る驚異の生涯勝率88・2%…春場所V尊富士が十両11枚目4連勝も「エンジンないんで」
https://news.yahoo.co.jp/articles/a9c8f5b9670de99b6fecfe40833b10aa6e48c198
勝率で見ると尊富士は歴代横綱を上回っていて凄いというものです。
恐らくこれは、尊富士の凄さを示すために歴代横綱の通算勝率を物差しにした、というだけのものなので、決して尊富士が横綱よりも凄いと言いたいものではないと思います。
ただ、一応引き合いに出された以上横綱の勝率を尊富士が大幅に上回っている理由を説明すると、対戦相手が大きく異なるということです。
そのため今回は尊富士と横綱たちの凄さの違いについて説明いたします。
尊富士は新入幕場所まで驚異的な成績を残した力士
尊富士のフル出場場所を振り返ると、7場所は幕下以下(1場所:序の口・序二段・三段目、4場所:幕下)で、1場所が十両、そしてもう1場所が幕内です。
言い換えると大半が幕下以下であるということです。
幕下以下の7場所で尊富士は43勝6敗。ここまでで大きく勝率を伸ばしています。
尊富士が凄いのは、十両と幕内のフル出場場所での突出した成績が挙げられます。
初土俵から十両昇進の最短記録は6場所で、板井・土佐豊・常幸龍・炎鵬が居ますが、それぞれの新入幕までの所要場所数は板井が6場所、土佐豊は8場所、常幸龍が3場所、炎鵬は7場所と、十両までの速度を考えるとかなり鈍っている印象です。
関取までの昇進が早い力士の一般的な特徴として、十両で一度躓くということが挙げられます。3場所で抜けた常幸龍は普通に考えると順調すぎるほど順調なのですが、スピード出世という観点だと比較的時間が掛かっている方です。
そんな中、尊富士は十両を1場所で通過します。
新十両からの十両1場所通過は昭和33年以降では大輝煌、市原、遠藤しか居ません。いずれも幕下付け出しデビューということで、比較対象が大卒の中でもエリート中のエリートになります。
そして極めつけは、新入幕優勝。
新入幕優勝は110年ぶりで且つ、新入幕力士として13勝。これは北の富士、陸奥嵐、逸ノ城に並ぶ史上最多勝記録でした。
史上5位のスピードで序ノ口から関取に昇進し、史上1位タイの記録で十両を通過、更には新入幕史上最多勝という記録を達成しているわけです。十両陥落後の6勝1敗(不戦敗)を加えると、ここまでの尊富士の記録は記録的に高いことも頷けます。
そして尊富士は優勝場所で大きなケガを負い、今は十両に居るという状況です。
ということで、ここまで見たうえで尊富士の凄さを一言で表現すると「新入幕場所まで驚異的な成績を残した力士」ということになります。
横綱の強さは「強い相手との対戦と晩年の衰えを加味した強さ」
一方で比較対象となっている白鵬などの横綱たちはと言えば、全員が引退しています。
引退した力士は当然、力士生活の晩年の記録も加算されます。横綱にもなると力が衰えていてもなかなか引退することは許されません。不祥事で引退した朝青龍や全勝優勝場所が最後の出場となった白鵬が例外なのです。
また横綱ともなると、対戦している力士の難度が上がります。
毎場所上位総当たりの地位の力士との対戦になりますので、横綱・大関・関脇・小結・前頭上位と場合によっては下位の成績優秀者との対戦が組まれます。
横綱と大関はその時々によって数は異なりますが、最低でも2人は番付上存在しています。関脇と小結は基本的に合計で4人との対戦が組まれますし、前頭との対戦はそれ以外のすべての取組ということになるわけです。
なお、全ての横綱の対大関戦の勝率はおよそ7割程度。どんなに横綱が強くても、10回対戦したら3回は敗れる強敵と対戦しなければならないということです。
尊富士は9月11日時点で通算75勝10敗(不戦敗を除く)という成績を残していますが、大関との対戦は2回(1勝1敗)、三役との対戦も2回(2勝)で、難易度が高い力士との対戦は両方合わせて4.6%。
これに対して横綱にもなると横綱・大関との対戦は平均化すると少なく見積もっても一場所2人以上の対戦があるわけで13%以上、関脇小結は4人居るので26%。同部屋で対戦が無いということも可能性としてはありますが、役力士だけでも40%以上対戦があるわけです。
横綱在位が長くなるとこのような相手との対戦の比率が高くなるため、勝率は当然落ちます。記事によると大鵬と白鵬は勝率83%、朝青龍は79%、貴乃花が75%と続きます。
個人的には尊富士の強さもですが、歴代横綱が力の衰えやレベルの高い相手との対戦を経てこれだけの成績を残していることが凄いのではないかと感じるのです。
ということで、横綱の強さを一言で表現すると「強い相手との対戦と晩年の衰えを加味した強さ」ということになります。
余談ですが、横綱が如何に厳しい相手と闘っているか?という話が出たこともあり、白鵬の番付別の勝率を紹介します。
これ、とんでもないですよ。
平幕相手に9割勝てる力士なんて、これから先出てこないかもしれません。
尊富士の比較対象は誰なのだろう
尊富士はまだ横綱や三役との対戦が殆どなく、デビューからの驚異的な活躍があることから、過去の名横綱よりも通算成績が高いということが言えます。
互いの状況が異なるので、尊富士と横綱は単純に比較できないのです。
ということで尊富士の比較対象になるのはどのような力士なのでしょうか?
たたき上げの力士だと十両昇進までに時間を要しているため、勝率での比較となると不利になります。そのため、スピード出世が第一条件になります。
ただしスピード出世力士については先ほど見てもらった通り、十両昇進後に足踏みをしている事例が多く、十両1場所通過・新入幕優勝の尊富士には敵いません。
となるともう、対抗できるのは幕下付け出しデビュー組しか居ません。
彼らの中でのスピード出世力士を選定し、十両通過が早くて新入幕で大活躍した力士を上げるとどうなるでしょうか?
すると、歴史上2名しか居ません。
それは逸ノ城と伯桜鵬です。
彼らの新入幕場所終了時の数字を見てみましょう。
逸ノ城:49勝10敗(勝率:83%)
伯桜鵬:42勝10敗(勝率:80%)
彼らは十両と幕内での成績を比較すると尊富士とそう変わらないのですが、尊富士は序ノ口から土俵に上がっており、勝率を伸ばしている分だけ2人と差が付いているのです。
ということで、新入幕までの成績という意味で考えると恐らく尊富士は歴代最高勝率を誇る力士ではないかと思われます。記録的なペースで昇進し新入幕優勝している力士は尊富士以外に居ないので、勝率が上になる要素が見当たりません。
尊富士は横綱と比較は出来ないけど、新入幕までだと史上最高。
現在の評価はこれで良いと思います。
横綱と比較すると混乱が生じることになりますからね。
今場所の尊富士は十両で手が付けられません。ただ、3月に優勝を争った大の里もまた、新入幕4場所での勝利数1位や4場所連続での三賞受賞、そして史上最短優勝といった記録的な活躍を見せています。
私たちはもう大の里を「新入幕の場所までは強かった力士」ではなく、「大銀杏が結えない大関になり得る力士」として評価しています。
尊富士も、そうあってほしいと思っています。