横綱審議委員会に対する苛立ちの正体とは?

横綱が何かをやらかすと、苦言を呈する。
場所前の稽古で奮わない、苦言を呈する。
横綱候補の成績を鑑みて、推挙しつつも苦言を呈する。
これは、とある団体の業務内容である。
正解は勿論、横綱審議委員会。
誰だって嫌われるような発言などしたくはない。
それは判っている。
彼等は自らに求められている職責を全うしている、
そういうことなのである。
そもそも、スポーツ選手やそれを取り巻く環境に
注文を付けるのが仕事というのは、他に類を見ない。
一体横綱審議委員会とはどのような組織なのだろうか?
そこまで興味が無い方は、読み飛ばしてほしい。


1950年に設置された、日本相撲協会の諮問機関。
横綱の昇進に際し、理事長からの諮問を受け、
横綱にふさわしい品格、力量があるかどうかを審議し、
推薦するかどうかを決めるのが主な役割。
相撲に理解のある各界の有識者で構成される。
横綱昇進に際しての目安となる
「大関で2場所連続優勝、またはそれに準ずる成績」という条件は
この委員会の内規。
年三度の東京場所前に委員による稽古総見、
本場所の観戦と毎場所後の千秋楽翌日に定例会がある。
横綱の休場が多い場合や、成績不振の場合などは、
委員の発議で激励、注意、引退勧告をすることもできる。
ただし、横審はあくまでも諮問機関で、
横綱の昇進を決めるのは相撲協会の番付編成会議と理事会。
定員は15人以内、任期は5期10年まで。
(出典:(株)朝日新聞出版発行「知恵蔵2007」
まとめると、
・横綱の昇進に際してその人物を審査する。
・委員は各界の有識者。
・成績が振るわない場合は、苦言を呈することがある。
といったところだろうか。
ちなみに設立の経緯としては横綱の成績が皆悪く、
横綱の降格について大相撲協会で決定したところ
そもそも昇進させたお前が悪い、という指摘を受けたため、
横綱を推挙する第三者的団体として誕生した、
ということである。
つまり、横綱の品質を保つために選ぶ時も昇進後も
監視するのが横綱審議委員会の仕事というわけだ。
彼らの存在意義は判った。
そして、経緯からしても、第三者団体による監視が有った方が
品質が保たれるということも理解はした。
だが、それでも納得がいかないことが有る。
そう。
彼らの苦言には苛立ちを覚えるのである。
相撲界を良くしたい、それ故に足りない部分について
指摘するのだとすれば納得もする。
つまり、相撲ファンとしてその部分が足りていない
と感じていることにズレが無い形での苦言であれば理解できる。
だが、彼らの苦言にはあまり共感しないのである。
例えば日馬富士への苦言として
張り手とけたぐりを自粛するように、ということがあった。
張り手をしない横綱など、今まで存在しただろうか?
ましてや、小さい体を最大限に利用することで
成績を伸ばしてきた日馬富士に対して
その武器を奪うような発言をしたわけである。
この発言をした者は、自らが考える理想の横綱像を
日馬富士に要求しているのである。
相手力士を真正面から受け止め、
力でねじ伏せる相撲を一般的に横綱相撲と呼んでいるが、
日馬富士に対してもそう転換するように促している。
横綱相撲というのは人によって捉え方が異なる。
例えば曙。
突き押し相撲の中では歴代最強と個人的には捉えている
曙の最大の売りは、圧倒的な突っ張りである。
例えば三代目若乃花。
小さな身体でも卓越した運動能力を誇り、
頭を付けながらも相手に相撲を取らせない。
またそれに至らせるための立ち合いの駆け引きの巧さこそが
彼の持ち味であった。
彼らの相撲は、いわゆる横綱相撲とは異なる。
しかし、横綱審議委員会は彼らに対して
注文を付けていたのだろうか?
私にはそのような記憶が無い。
結局彼らは彼らで判断軸が曖昧であり、
その時の委員の嗜好で求めるものも異なる。
そしてその判断軸や嗜好というのも、結局のところは
彼らが共感できるか否か、という一点にすぎない。
曙の圧倒的な破壊力は小錦路線の壮快感が有るし、
若乃花に関しては兄弟横綱を作りたいという思いから
「まぁいいじゃないか」「多少のことは目を瞑ろうじゃないか」
で終わらせていたわけである。
日馬富士に対する苦言についても結局
確固たる信念や彼自身を良くしようという意識が曖昧なまま
主張のための主張に留まっている。
そしてそれは恐らく、横綱審議委員として
横綱に一言言ってやりたい、という自己主張故のことなのである。
日馬富士の魅力と相撲を理解していれば、
いわゆる定型的な横綱相撲を求めることは無いだろう。
だが、彼らはそれをしてしまっている。
つまり、その行いは単に自分の思いの押し付けなのである。
それが誰の目にも明らかであることから
横綱審議委員会に対する不快感は強い。
ツイッターでの横審に対する苦言の数々は、
そういう印象を代弁している。
横綱審議委員会を良くするために、第三者機関として
「横綱審議委員会審議委員会」を作ってみてはいかがだろうか?
恐らく、ブレの無い議論が出来るだろう。

横綱審議委員会に対する苛立ちの正体とは?” に対して6件のコメントがあります。

  1. sensho より:

    初めまして。いつも楽しく拝見しております。普段より、タイトルに込められた思いを強く感じました。
    横審の委員すべてではないでしょうが、存在意義を主張したいあまり、エゴが剥き出しになっているようで、相撲自体への興味が削がれないかが心配です。
    デーモン小暮閣下のような、愛するが故の建設的な意見があれば、と歯がゆい思いがします。

  2. シリコン より:

    なるほど「横綱審議委員会審議委員会」というのは今の現状を考えると画期的ですね。(そもそも横綱審議委員会の会員の年齢が80近い時点で人選ミスなのですが)しかし横綱に対して苦言を呈しているのは横審に限らず普段相撲を見ていない人たちもです。その人たちは横綱は相手を一旦受け止めて攻めるのが横綱の相撲だという先入観を持っているのと、白鵬を批判するときに先程書いたことを印象付けるために貴乃花ををよく引き合いに出して批判することが多いです。どちらも体格、取り口などが違うのを知っていればこういうことにはならないのですが。このことを踏まえると、「横綱審議委員会審議委員会」は画期的ですが横綱審議委員会を審議する際に、多少の主観は入ってもいいですが先入観を持たずに客観的に横綱の取り口などを見ることの出来る人を見抜くことの出来る人を選ぶべきだと思いました。

  3. Nihiljapk より:

    senshoさん
    コメントありがとうございます。
    横綱審議委員の方達って、
    自分の言いたいことが中心なんですよね。
    力士を良くしたかったり土俵を良くしたかったら
    もっと違う言葉選びとか、態度になるはずなのですが
    どうにも愛情を言葉から感じないのです。
    もっと居るはずなんですけどね。

  4. Nihiljapk より:

    豚足山さん
    コメントありがとうございます。
    面白い名前ですね。うらやましいです。
    日馬富士は確かにダメ押しや土俵際の激しい攻めが多いですからね。
    そういう声が出ても致し方無い部分もあると思います。
    しかし、そういう力士だからこそ白鵬がこれから
    修羅としての相撲を取ることになるのだと思うと
    皮肉ではありますが楽しみではあります。
    二人がどんな歴史を紡ぐのか。
    興味は尽きません。

  5. Nihiljapk より:

    シリコンさん
    コメントありがとうございます。
    横綱審議委員会審議委員会については
    おっしゃる通り客観的に相撲内容とか
    普段の言動とか、取組結果を判断できる人であるべきです。
    知識の深さもさることながら、力士の心理などについても
    多面的にみられる洞察力が必要です。
    …というか、これって横綱審議委員会が持って居るべき
    素養なんですよねw
    もう面倒なんで、Twitterで横綱審議委員会審議委員会を
    発足させてみようかと思いますw

  6. シリコン より:

    nihiljapkさん
    レスポンスありがとうございます。
    結局そういうことになるんですよね。日本の相撲では品格が重視されますが、モンゴルの相撲では勝ちにいく姿勢が強いので変化などに対して不満だらけなのだろうとこの頃の相撲を見て思います。しかし観客に媚びを売るのではなく、そういったことの折り合いが出来る人こそが横綱審議委員会にふさわしい人だと思います。

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