モンゴル的強さと、日本的強さ。白鵬に見る「光と闇の果てしなきバトル」とは?後編

モンゴルから来た、只の少年だった白鵬。
彼は来日し日本で相撲と出会い、
モンゴルの野性と日本の相撲の伝統の力を
融合させることで横綱へと駆け上がった。
そして、モンゴルの野性を突き詰めた
朝青龍と凌ぎを削った。
彼らの取組は歴史的にも異次元のレベルで、
人種を超越した凄みをファンに提供し続けた。
だが、彼らの名勝負数え唄は、
朝青龍の野性故に自壊した。
野性の闇の力を制御しきれなくなった
朝青龍は暴走を繰り返し、
引退へと追い込まれた。
ライバルを失った白鵬は、
ライバルが失墜した相撲界の権威を
日本の光の力を誇示することで守り抜いたのだ。
白鵬は優勝を繰り返し、
その強さは双葉山や大鵬といった
強さと品格を兼ね備えた名横綱に準えられるまでに至った。


だが大横綱として君臨して数年。
勤続疲労は大横綱をも蝕み始める。
優勝はするものの、一時の相撲は見られない。
誰かを相手にするというよりは、自分自身との戦いである。
何をモチベーションとするのか。
何故相撲を取るのか。
そんな中、かつての朝青龍を彷彿とさせる
日馬富士が台頭する。
モンゴル人であることをベースとした、
野性味あふれる相撲。
勢いに乗る日馬富士は、白鵬をも寄せ付けない。
連続優勝で、横綱に昇進。
もうあの時の白鵬ではないことを誰もが感じる。
それを一番実感しているのが、他ならぬ白鵬自身である。
この日馬富士に対抗するには、どうすればいいのか。
重ねる自問自答。
日本の相撲に傾倒することで、
双葉山や大鵬の心を学び、実践することで
実力的にも人間的にも完成された白鵬。
だが、彼が辿り着いた結論は意外なところだった。
そう。
原点回帰、である。
日本の相撲の光から離れ、
自らの原点たる、モンゴル人としての闇の力。
横綱として行儀よく、人間的に品位を保つことで
自分を律する。
精神的に高めることで、誰よりも相撲に向き合う。
白鵬は今までこのような生き方を目指してきたが、
日本的な相撲の美学は、ある意味で白鵬を縛り続けていた。
行儀が良いということは、自分を抑えるということ。
厳しく自分を監視する強さは、一方で
自信の可能性を限定することにも繋がる。
実直で愚直な強さが存在する反面で、
実直で愚直故の弱さも有る。
突飛な発想は出づらいし、
弱さをしっているからこそ、弱さに怯え、
自分自身に負けることも有る。
だが野性に立ち返れば、もっと自分に素直に成れる。
タブーが無くなる。
限界も、当然無くなる。
白鵬は、自らの美学を捨てる決意をしたのだ。
張り差し。
カチ上げ。
ダメ押し。
全て褒められることではない。
むしろ、行儀の悪い相撲として批判されるべきものである。
だが、彼にとっては品格よりも大事なことが有った。
それが、強さだったのだ。
強さとは何か。
人間的に成長し、他人をリスペクトし、
自分の弱さを認めて乗り越える強さ。
自分を愛し、自分を信じ、
他人がどう思おうとも自分の信じる道を行く強さ。
どちらを取っても強さである。
闇の力に傾倒した時の白鵬は、
迷いが無い時が殆どだが、
かれの相撲はいつも荒々しいわけではなく、
いわゆる横綱相撲の時も有る。
日馬富士が目下の敵であることは間違いない。
だが、白鵬にとって一番の敵は、
自分自身なのである。
光の白鵬。
闇の白鵬。
光と闇の果てしなきバトルは、引退まで続く。
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モンゴル的強さと、日本的強さ。白鵬に見る「光と闇の果てしなきバトル」とは?後編” に対して1件のコメントがあります。

  1. 894 より:

    私も気になってました
    ・張り手・カチあげ・だめ押し
    でも白鵬だから大きな批判になってないんだと思います
    これが日馬さんだったら避難轟々かもと・・・
    「闇の部分の強さ」まるでスターウォーズのダークサイド面ですね。
    確かにダースベイダーは強かったです(笑)
    上手く取り入れて光と闇の力で連勝記録を打ち立てて欲しいです。

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