丹波の想いを背負った千代栄が敗れるのが、幕下相撲。「諦めなければ、夢は必ず叶う」訳ではない幕下の厳しさを考える。

幕下の優勝決定戦をご覧になった方は、
一体どれだけ居るだろうか?
相撲が好きな方でも、地上波しか観ない方にとって
幕下の取組というのは馴染みが無いと思う。
しかし、地上波で唯一放映される取組が有り、
それが正にこの優勝決定戦である。
これまでの人生を相撲に捧げてきた者達が、
一人前になるために最後の闘いを挑む場所。
それが、幕下だ。
東西に60名、計120名が在籍する大所帯の中で、
一人前に成れるのは一場所辺りおよそ4名。
幕下以下の取組は相星同士の対戦となる。
例えば2勝2敗同士であったり、3勝1敗同士であったり。
この中で7日の取組となるので、幕下全体で
殆どの場合優勝者は7戦全勝ということになる。
120人中1人しか居ない優勝者は、番付上でも
非常に高く評価されることになる。
5勝や6勝でも希少価値が高いので、やはり
翌場所には大きく地位を上げることになる。
だからこそ、上位の対戦はより力が入ることになる。
幕下での優勝が意味するもの。
それは十両に限りなく近づくということだ。
力や技では及ばずとも一番に懸ける想いは誰よりも高い、
そんな世界が有ることを、私は多くの方に知っていただきたいと思っている。
さて、そんな幕下の優勝争いで九州場所では
個人的に非常に気になる力士が躍動していた。
その名を千代栄と言う。
千代栄と丹波巡業についての記事はこちら。
何度か記事にしたように、私は丹波巡業に顔を出した。
夏場の大雨の影響で壊滅的な被害を蒙った丹波では、
前売り券が売り切れるほど高い相撲熱を誇っていた。
横綱土俵入りで2500人が声を揃え、鎮魂と復興の想いを深めた。
相撲が只のスポーツでない何者かであることを教えてくれた
丹波という場所は、確かに私の中で特別になった。
そしてその丹波で一番の大歓声を受けていたのが、
丹波市春日町出身の千代栄だったのだ。
花束と寄せ書きを受け取り、土俵上で十両昇進に向けて
想いを語る千代栄。
私はこの時、心底千代栄にその大願を成就してほしいと思った。
そう。
彼自身の為にも。
そして、丹波の為にも。
幕下中位で一進一退を繰り返す千代栄。
幕下生活の中で地位を保つ実力を身に付けたものの、
勝ち上がるには至らず、2年の歳月が流れた。
25歳の千代栄はもう若くはない。
同世代の僚友達は関取の夢を実現し、
九重部屋は隆盛を誇っている。
年下の関取も誕生し、臍を噛む思いだったことだろう。
そんな千代栄が、丹波巡業直後の九州場所で
いきなり勝ち始めた。
幕下筆頭経験者の春日国。
200キロ近い巨漢の安芸の山。
学生相撲出身で、先場所は三段目優勝の高木。
19歳で将来が嘱望される白鷹山。
幕下上位の常連で、幕下きっての実力者の川成。
彼らをなぎ倒して、6戦全勝。
次の一番に勝てば、西幕下27枚目の千代栄は
幕下5枚目前後になり、夢が現実味を帯びる。
この活躍は、勿論千代栄の力でもある。
しかし、この神懸った強さについてはやはり、
丹波の後押しに依るものとしか思えないのだ。
千代栄には、勝つための理由が有った。
いや、勝たねばならなかった。
力士として無名の自分に対して、
丹波は横綱以上の歓声で迎えたのだから。
被災によって丹波は一つになり、そしてその想いは
千代栄に力を与えた。
もう、千代栄は勝つしかない。
勝ち続けるしかないのだ。
だが、優勝したのは肥後嵐だった。
千代栄は最後の一番に敗れた。
その理由はハッキリしている。
肥後嵐にも、勝つための理由が有ったからだ。
初場所に幕下優勝した肥後嵐は、翌場所で幕下2枚目になり
ここで勝ち越せば十両という、勝負の場所を迎えた。
2枚目で3勝4敗、大阪場所も3勝4敗。
9月には怪我の影響で途中休場を挟み、気が付けば49枚目。
あと一つ勝てば十両だった肥後嵐が、
およそ一年で三段目に足が掛かるところまで地位を落した。
これは相当な屈辱だったことだろう。
そして、肥後嵐は九州場所で勝ち続けた。
また幕下上位で勝負するために。
幕下中位で腐っている訳にはいかなかったのだ。
たとえ相手が丹波を背負う千代栄であっても。
私は丹波場所を観たからこそ、千代栄と丹波に想いを馳せた。
だが私が知らないだけで、幕下の誰もが勝つための理由が有る。
そして、想いが有る。
誰かが勝つということは、誰かが負けるということだ。
皆勝ってほしいという想いを抱く中で、
勝者と敗者に別れる残酷さが有るのが、幕下なのである。
「気持ちだけなら誰にも負けない」と口にする人は多い。
だが、強い気持ちを持つ人間も多い。
だから、幕下で勝つのは難しいのだ。
勝つ理由が120通り有る世界。
それが幕下相撲だ。
人生するかしないかの中で、することを選んだ強い男の物語。
そんな不器用な男の生き様を映画化した物語がロッキーだ。
することを選び、最終ラウンドまで闘い抜くことが勝敗よりも
大きな意味を持っていたことから、彼は敗者でありながら
エイドリアンと抱擁を交わした。
だが、幕下の力士はすることを選ぶだけでなく、
勝者にならねば意味が無い。
そこが、ロッキーとは違うのである。
そこにエイドリアンは居ないのだ。
私はこんな文章を以前書いたことを思い出しながら、
今回の記事をまた書き連ねた。
そういえば3年前の吐合も、強烈に勝つ理由が有った。
そして、優勝を懸けた最後の対戦相手の里山も。
丹波巡業は、強烈に勝ちたい力士に想い入れを抱く、
素晴らしい機会だった。
そして九州場所は、そんな力士でも勝てないことも有る
現実を思い知らせてくれる機会になった。
「諦めなければ、夢は必ず叶う。」
そんな甘い世界ではない。
その苦みが生きる苦しみであり、
苦みが有るから甘みが映える。
考えてみると、幕下は救いの無い世界かもしれない。
だが、必ず救われる世界など、現実には存在しない。
厳しいからこそ、生きる全てに通じるからこそ、
私は幕下に惹かれるのかもしれない。
あと2日。
時間ある限り、幕下を観よう。
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