千代大龍の引きにケチを付けられる「喜び」。
幕下15枚目格付出デビューという経歴。
豪快な突き押し。
そして、十両転落からの復活。
今場所の千代大龍の充実ぶりは素晴らしい。
9月場所の千代大龍はまず、立ち合いで圧倒する。教えてもらって驚いたのだが、彼は実は190キロあるのだという。威力は体重に裏打ちされているのだ。この立ち合いを何とかしなければ、勝負にならない。それほどこのスタイルは脅威になっている。
立ち合いでアドバンテージを得てからのクレバーさも見事だ。強い力士を相手にした時、優位に相撲を進めるとどうしても慌ててしまうことがある。白鵬が不利な状況でも強いのは、こういう時に相手が付け入れないことが大きな理由なのだが、今場所の千代大龍は違う。
勢いで勝負を決めなくても、十分に勝てる。
だから、自滅しない。
かといって勝負どころで大事に行きすぎて形勢逆転されることもない。積極的に行きすぎて前のめりになる訳でもなく、守りに行き過ぎて立て直すチャンスを与えるでもなく、有利な状況で相手を追い詰める。そして、勝っている。
これは、私が3年くらい前に次の大関は誰かという質問に対して「千代大龍」と答えていた頃の千代大龍だ。強い時は手が付けられない。彼が強い時は、横綱も大関も関係ない。そういう千代大龍を見られることは無いかもしれないと考えていただけに、突然の復活、突然の爆発に戸惑いながらも喜びを感じている。
だが、一方で強い頃の千代大龍を観ていた頃のことを、私は思い出した。そう。強いのだが、不満なのである。
千代大龍の相撲を凄いと思うことは多々あるのだが、不思議なほどそれと同じくらいケチを付けたくなる。
千代大龍の相撲を語る上で欠かせないのが、引きだ。強烈な押しよりも、彼の代名詞は引きと言ってもいいのかもしれない。いや、これほど引きをメインに語られる力士は居ないのではないだろうか。
稽古場では誰も引きを教えてくれない。これは何を隠そう、千代大龍が言ったとされる言葉である。細かいニュアンスは異なるかもしれないが、彼には引きの哲学があり、それに準じて引いているのである。
ただ裏を返すと、誰も教えてくれない技術であるということは、それだけ王道ではないということだ。突きや押し、四つ身について声を張り上げ、厳しく指導する親方は数多居るが、引きを推奨する親方を私は観たことがない。
引きとは、そういう技術なのである。
どうしても、楽をして勝とうとするように見える。土俵の中の姿を生き様として捉えようとした時、引きはネガティブに映りやすい行為なのだ。だからこそ、引きを肯定的には捉えにくい。
例えば阿武咲や貴景勝が押しながら引くことがある。こういう時の引きを勝負所のクレバーさとして捉えることもある。千代大龍は、その限りではない。何が違うのかを考えてみると、恐らくそれは、若い力士がなりふり構わず上位を相手に勝ちをもぎ取ろうと必死なことを知っているからだ。
そして、なりふり構わなければ上位を相手に勝てない実力であることも同時に知っているからなのである。言い換えると、まだまだ劣っている認識があるからこそ、引きはそれほどネガティブには映らないのではないかと思うのだ。
千代大龍は、違う。
もうそういう立場の力士ではない。そして、引きを使わなくても十分に勝てるほどの威力を持っていることを、私は知っているからだ。引きに頼らない相撲を取れば、更に魅力的に映るのに、まだ引きグセが治らない。治す気がない。そういうところが、不満なのである。
ただ私は千代大龍を観て、強いと感じると同時に久々にこの手の不満を抱いた。考えてみると、千代大龍に不満を抱いているのは、勝っている時だ。調子の良い時だ。久しぶりに、私はそんなことを思い出していた。
引きを技術として消化し、賞賛されるようになった時、千代大龍は期待されなくなっているのかもしれない。この取り口にケチを付けられている時、千代大龍は強いのである。
だから今、不満を口にできることを私は喜ぼうと思う。
そしてその後で、千代大龍への不満を口にしようと思う。
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