稀勢の里大関昇進の賛否に思う。

古い話題で恐縮だが、
稀勢の里が大関に昇進した。
幕下専門ブログで恐縮だが、思うところがあるので
今回までは勘弁してもらいたい。
口上に四字熟語を使うのか使わないのか、
なんていうどうでもいい話題が
どうでもいいレベルの番組で報じられていることには
本当に閉口するが、それでも
これほどメディアで相撲の話題が大々的に
報じられることについては本当にいいことだと思う。
誰しも最初はミーハーで始まるのだし、
いかにライト層を取り込むか、ということが
人気の低下した相撲にとっては何よりも
重要なことだからだ。
だが、今回の昇進については諸手を挙げて
喜べない事情がある。
そう。
稀勢の里は、大関昇進のボーダーラインを
超えてはいないのである。


確かに大関昇進について33勝というラインは
必須条件ではないし、
1年間のトータルで見た時に
60勝しているという安定した実績を見ても
稀勢の里が傑出した力士であることは間違いない。
だが、本場所が始まる当初は
33勝というラインが設けられており、
本人も周囲もそれが当然の目標として臨んでいたはずが
事も有ろうに千秋楽を前にして
勝っても負けても昇進、という決定が為された上に
幻の大一番で敗れてしまったのだ。
近年大関になった力士達は33勝という
ラインを越えてきており、
当然稀勢の里にもこれが課せられてきたが、
結局それを満たせなかったということは
歴然たる事実である。
誰もが認める実力者だからこそ、
ボーダーラインを下回って「将来性を買う」
という名のお情けで昇進するのではなく、
潜在能力だけではなく、
誰もがぐうの音も出ない程の数字という形で
昇進すれば重いものを背負わずに済んだのではないか
と思わずにはいられないのだ。
意地の悪いメディアは今後、少し調子が出なければ
「やはり実力が足りない」
と鬼の首を取ったかのように書きたてることだろう。
苦言を呈することが仕事の横綱審議委員会は
大関の稀勢の里に対して横綱でもないのに
ここぞとばかりに苦言を呈することだろう。
公の場で帽子を脱がないことに定評のある
下品な漫画を描く好角家については
もはや言うまでもないだろう。
実力が確かなものだからこそ、
急がなくても数場所のうちに昇進することは
間違いないという確信が有るからこそ、
急ぐ必要はない、というのが私の見解である。
だが私は、稀勢の里の今場所の取組は
既に大関のそれで有ると断言する。
今場所の琴欧洲の自滅については以前論じたとおり、
明らかに強者を意識したが故の結果である。
そして今場所の稀勢の里は、対大関の結果が
芳しくなかったのだが、
相撲内容を見るとどれもこれも名勝負であった。
こうした取組を制することが大関としては必要なのだが、
しかし大関を目指す鶴竜が同じ相手と
このクオリティの相撲を取っていたかというとそうではない。
つまり、琴欧洲は稀勢の里の存在の大きさに
潰されてしまったわけだが、
不調のはずの日馬富士や把瑠都が
本来の姿を取り戻し、日馬富士に至っては
頭を付けてなりふり構わず勝ちを掴みに来たことが
実に印象的だった。
そして極めてつけは、白鵬である。
稀勢の里に連敗中の白鵬は、
優勝する上でもアスリートとしても
今場所絶対に負けるわけにはいかなかった。
「同じ相手に3度負けることは許されない」
という言葉を残したのはWBCの時のイチローであり、
覚悟を決めたイチローは背水の陣を敷いた
韓国戦で歴史に残るパフォーマンスを見せたわけだが、
白鵬の意気も並々ならぬものだった。
立ち合い。
通常白鵬は悠然と構え相手の立ち会いを
一睨みしているのだが、この日は違った。
手を付いて待つ稀勢の里に対して、
手を付かないどころか、四股を踏んだ状態の白鵬。
けたたましいコールで湧く会場も、
このコンマ数秒の白鵬の所作に息が止まる。
ようやく太ももに手を載せ、相手の目を見る白鵬。
微動だにしない稀勢の里。
目を見る白鵬。
まだ動かない。
ようやく手を付き、立ち合いに踏み切る白鵬。
合わせて手を付こうとする稀勢の里。
だが、ここで白鵬は信じられない行為を見せる。
手を、付かないのだ。
合わせて立ち会いしようとした稀勢の里は
仕切ろうとした左手を一瞬戻す。
このタイミングを白鵬は逃さない。
稀勢の里の体勢が一瞬緩んだところで
立ち合いに踏み切り、稀勢の里を出し抜く。
そして、白鵬の右肘が稀勢の里の顔面を捉える。
カチ上げである。
流血する稀勢の里。
…このような狡猾な取り口の白鵬を、
私は見た記憶が無い。
結局この立ち合いで優位性を生み出せなかった白鵬ではあるが、
途中まで互角だった稀勢の里をなし崩し、
勝利を掴み取る。
文句無しに、今場所一番の相撲であった。
この相撲は、紛れも無く相手が
稀勢の里だったからこそ取れた、最高の一番である。
最高の一番を引き出したのは、
大関衆ではなく、関脇だったのだ。
相撲史に残る横綱を立ち合いからここまで追い込む存在。
それが稀勢の里なのである。
だからこそ、32勝で昇進などという過小評価ではなく、
誰もが認める成績を残すまで見届けることこそ
この逸材に対する正しい姿勢ではないかと思うのだ。

稀勢の里大関昇進の賛否に思う。” に対して 9 件のコメントがあります

  1. おっちゃん より:

    まず私は賛成でも反対でもどちらでもない(つまり昇進させても良いし、見送っても良いケース)と申しあげます。
    33勝というのはマスコミが言いだしたもので皆さん仰せの目安(ただしマスコミの目安)であり規定ではないためです。
    横綱でも大関でも本来は2場所とか3場所とかいうのではなく実績全体をみて決めてている筈が誤って解釈されてるケースが多々ある。
    例えば横綱昇進の「2場所連続優勝または準ずる成績」は「連覇に匹敵する成績」であって「優勝または準優勝を2場所続ける」という意味ではない(内規の作成者がそう言ってる)のに「優勝または準優勝を2場所続ける」という意味に解釈してしあっているため、旭富士、小錦、貴乃花らがその間違った解釈の犠牲者になっていると私は思います。
    今回の稀勢の里の場合はここ1年の成績が非常に安定しているということ、横綱白鵬にたいへん善戦しているということ敗れはしたものの今場所の対横綱大関戦は不利な体制になりながら良く粘った(琴将菊戦以外)事から大関としての地力は持ってる。ということ。がプラス要因。また、10-5で盛んに叩かれるが大関を陥落したものが10勝あげると復帰できるという規定があるが何故10勝なのか・・・?それは10勝あげれば大関として合格という意味だからの筈。だから今場所10-5だから昇進はおかしいとは言えない筈。さらに過去の大関たちの成績が0.600を超えるものは驚くほど少ない。つまり過去の大関たちの大関としての勝ち星の平均は9勝に届いてないのです(マスコミによる過去の美化が甚だしい)。だから大関が務まるか否かの話になるともちろん先の事などわかりませんが務まる可能性が高いとみて良いと思います。
    なのさんの仰せも一理あるかと思いますが長く見た場合という観点(3場所連続二桁という事を評価して)からいうと先場所だめで今場所上がるというのもなくはないかと思います。ちなみに北の富士は10-5、8-7、10-5で昇進してますしね。
    剛太郎さんの「過去未達での昇進例は、「右上がり」か「優勝or準優勝」となっているケースがほとんどだ」
    これはないですよ。第一準優勝というのは相撲にはないし、番付編成には優勝云々は関係ないですしね。現役の大関たちはみな楽日まで優勝に関わっていましたが過去となるとそうでもないですよ。
    また、「稀勢の里を「未完の大器」と感じているからこそ
    誰からも文句は言わせない成績による昇進が望ましい」
    という事ですがそうやって伸ばしていると結構潰れてるケースが多いですよ・・・。
    白鵬も見送られたあと崩れましたよね・・。貴乃花もそうだし。「それは精神が弱いからだ」という人もいますが、人間の精神などはそこまで強いものではない。その辺が限界だろうと私は思います。
    過去の名横綱たちはワンチャンスで昇進したものが多いですよね。そのほとんどが今なら見送られているケースで昇進しています(北の湖や千代の富士も見送られています)。
    期待するが故に厳しくは逆の結果を招くケースが多いので、その理由で見送るのは私は反対です。
    但し、皆さま仰せの通り、もう1勝欲しかったとは私も思いますし、対大関戦の成績や同じ相手に同じように負け続けるというのは大きなマイナスポイントです。
    先に述べたプラス要因と今回のマイナス要因を比べ、ちょうど0位、つまり当落線上のところで昇進しても見送ってもどちらもありうると私は思いました。

  2. なの。 より:

    ボクは別に「目安」を越えてないからと言って稀勢の里の大関昇進にどうこういう必要は全くないと思います。
    あくまで「目安」ですから。
    ただ、あくまで「目安」なのに、なぜ先場所はダメで今場所ならいいのかは全く理解できません。
    今場所上がれるなら、先場所上げたって良かったはずです。
    また、先場所上がれなかったなら、今場所も上がれないはずです。
    そうであるにもかかわらず、先場所ではなく今場所昇進させたのは、どう考えても少しでも長く相撲の話題を継続させたいという協会側の下心としか思えません。
    こういう小さな都合で自らの地位を勝手に上げたり下げたりされては、関取衆も辛かろうと思います。

  3. 剛太郎 より:

    稀勢の里を「未完の大器」と感じているからこそ
    誰からも文句は言わせない成績による昇進が望ましい
    という考えに共感します。
    既に大横綱の領域に達した白鵬に勝っての10勝5敗ならまだしも、横綱大関陣にほぼ完敗(琴欧州戦は勝ったが内容は散々)では、内容がいいというのは説得力に欠けると思う。
    しかも把瑠都や琴奨菊という対戦成績で圧倒されている大の苦手相手に対し、いつも同じ負け方をしていて進歩が全く見当たらない。
    苦手克服のために「技術の追求」をせず、ひたすら愚直に鍛錬を行っている印象が強い。
    しかも大関は既に4人も居る。少なくない。
    しかも先輩大関は、昇進直前場所では千秋楽まで優勝争いを
    している。
    目安の33勝についても、過去未達での昇進例は、「右上がり」か「優勝or準優勝」となっているケースがほとんどだ。
    これに対して稀勢の里は、12勝→10勝と右下がりで優勝争いから早々脱落して優勝者と「4勝差」も付いていることを考えれば、今回の昇進は「見送り(もう1場所様子見)」となる筈だ。しかも新大関・琴奨菊との一番を前に「勝利に関係なく昇進」を発表するのは、絶対におかしい。
    少なくも合理性はどこにもないと言っていい。
    千秋楽まで優勝争いに加わることなく10勝レベルで来た稀勢の里が、こんな形で大関に昇進するなら、ひと昔の事例で「琴錦」や「安芸乃島」や兄弟子の「若の里」だって昇進出来た筈ではなかろうか。
    それなのに「満場一致」での昇進という。
    確かに稀勢の里の醸し出す、中卒叩き上げの赤鬼というオーラは魅力的だし、左押っ付けの攻めの完成や脇が甘いことを克服して四つ相撲に巧さが出てくれば、横綱は狙える程の大器だ。
    だからこそ、お情け・大甘での昇進というのは避けて欲しかった。このイメージを払拭する程の大活躍を期待し、応援しようと思う。

  4. Nihiljapk より:

    >なの。さん
    個人的には昇進で全く問題ないと思います。
    むしろ問題なのはそれで納得しない人が居る
    ということであって、昇進させたのは
    本人ではないのに少しの不調が彼のことを
    過小評価だったり「ほら、お情けで上げると
    こういうことに成るんだ」みたいなことを
    言わせるスキを与えてしまうことに繋がってしまうのだと
    思うんですよね。
    そもそも相撲って最近、快く思わない人が増えているだけに
    そういうスキを与えてしまうと本人を苦しめることに
    なりかねないのが怖いのです。

  5. Nihiljapk より:

    >剛太郎さん
    コメントありがとうございます!
    確かに今場所は大関・横綱相手に結果が残せなかった
    ということもあります。
    そもそも10勝したからと言って
    今後大関・横綱と対等に成れるかというと
    結果を見ると不安が残ります。
    これだけの素材なのですから、
    この3場所で対等に成れるだけの下地が
    出来てきているだけに
    彼を潰さないためにも、もっと大きくするためにも
    一度待った方が良かったのでは?
    と思います。

  6. Nihiljapk より:

    >おっちゃんさん
    コメントありがとうございます!
    昇進のラインが不明確っていうのがそもそもの問題なのかな
    と思いました。
    変に目安がボーダーライン化してしまい、
    メディアも観ている側もそれを越えなかったことが
    突っ込みの材料になってしまってますからね。
    だからこそ、本当にあの1勝が持つ意味が
    大きかっただけに取れなかったのは残念です。
    おっしゃる通り昔の大関取りって
    周囲がそういう雰囲気を醸成することによって
    ラインが曖昧なまま昇進していたのは
    逆に良かったのかもしれないです。
    でも後で振り返ると今よりも緩かったっていうのは
    協会側も理解しているために、
    今回の昇進に至ったのではないかと思うのです。

  7. おっちゃん より:

    >昇進のラインが不明確っていうのがそもそもの問題なのかな
    と思いました。
    いや、不明確でないと逆にまずいと思いますよ。
    色々な条件や状況で事情が変わってくるものです。
    今、私はマニュアル人間が増えてる事に非常に杞憂を感じています。すばり決めてしまえば必ず不都合が生じる時がきます。だから多少の曖昧な部分というかいろんな条件を考慮する家電じゃありませんんがファジー制御というのが必要になると思います。
    横綱でも大関でも昇進当落線上が0とすればプラス要因とマイナス要因を加味してと申しましたがこれは当たり前のことです。
    現在はどうでしょう?
    横綱は「2場所連続優勝したかどうか」大関は「33勝したかどうか」のみしか見ないいわゆる「All or Nothing」のような感じで批判している人が多いのですね・・・。
    貴乃花は大関昇進時、35勝あげてで大甘裁定と叩かれ、横綱昇進では1度は千代の富士の昇進成績と同じで北の湖より勝る成績で見送られ(その結果北の湖の最年少記録を破れなかった)、
    2度目は吉葉山が皆から祝福をされ満場一致で昇進した成績と同じ(但し吉葉山は初優勝、貴乃花は6度目の優勝だから貴乃花の方が勝っていると言えます)成績で見送り。しかも見送った横審を良識あるなどと言った愉快な人もいましたね。
    この時の反対の理由は「連覇じゃないから」ってバカじゃないのか・・。
    次に「曙が休場しているから」・・・ひとたび横綱不在になれば永遠に横綱は誕生しなくなるじゃないか。
    そしておばはんがたは「宮沢りえが可哀想だから」・・・てお前ら正気か・・・?
    とこんなんですわ・・・。
    こんな世論に惑わされる協会も悪いですけどね・・・。
    話が逸れましたか・・・。
    とにかく昇進賛成派も反対派もそれなりに言い分はあるでしょう。でも33勝あげられなかったからという理由での反対は正直言って取るに足らないものであると私は思いますよ。
    >彼を潰さないためにも、もっと大きくするためにも
    一度待った方が良かったのでは?
    そういう人多いのですが見切った方が良い場合もあります。1場所まったら悪い結果を招く事って過去にけっこうありましたよね・・。28勝で昇進した2人が優勝10回以上の横綱になっており37勝で昇進した3人が大関どまり2人に皆勤して負け越した事ある3流横綱だった事もあります。必ずしも厳しくした方が良いとは限らないという事ですね。
    もうひとつ見送ってしまって、来場所昇進すれば「焦ってあげる必要はなかった」となり、こければ「やっぱり上げなくて良かった」となりどっちにしても正当化できるわけです。昇進させるのは一種の賭けですから将来性を見込んで見切るというのもなくはないと思いますよ。
    >でも後で振り返ると今よりも緩かったっていうのは
    協会側も理解しているために
    そうですかね・・・?
    私は自分の昇進成績を忘れたんかいな?
    と思う時多いですけどね・・・。
    昔を美化する事によりどんどん厳しくなってきてるという気もしますがね・・・。
    大衆もそう思い込んでいるし。
    過去の横綱のうち勝率が0.800(1場所平均12勝)を超えるもの、大関で勝率0.600(同9勝)を超えるものがともに全体の1/3もいない事いったいどれくらいの方が理解しているのでしょうか?「1場所3敗したら横綱の資格はない」と言った栃錦が勝率は0.77だということも不可解。0.800は平均12勝であって最低12勝ではない。それをクリアしている横綱1/3もいないという事理解していない人の横綱評は聞く価値はないと思いますよ。余談ながら土俵の鬼と言われた初代若乃花は1場所に2~3回は立ち合いに変化してたのご存知の方どれくらいおられますかね・・・。
    今の横綱は数場所に1度変化しただけでまるで常習犯のように言われる。本当に気の毒な話です。
    過去を美化しすぎたために現代の力士はほんとうに可哀想な面が多いと思いますよ・・・。
    ちょっとそれてしまい申し訳ございませんでした。

  8. Nihiljapk より:

    >おっちゃんさん
    昇進ラインが不明確っていうのは
    相撲に対して理解がある人にしか通用しづらく、
    相撲に対するリテラシーが報道側も
    観る側も失われてきている現状の中では
    成立しづらいのではないかと思うのです。
    別の競技と比較してしまっては良くないですが、
    報じる側が他の競技と同列に語る以上、
    昇進ラインについても理解しやすい状態にしないと
    曖昧なことに対して誤解を与え、無用な批判を
    招くことにも繋がってしまいます。
    昔は相撲を誰もが好きで、
    相撲を理解しようとしてきましたが、
    残念ながら今は足を引っ張ろうとしている人が
    多いように思えてなりません。
    だからこそ、他の競技と異なるために理解されにくい
    ところについては明確にするか、
    それとも徹底してそうした意見に対して
    反論するかの2方向に別れると思うのです。
    過去を美化するのは、恐らく
    今を貶めるための口実にすぎないのだと私は思います。
    美化する程相撲について考えている人が居れば、
    もっと違う形で論評されていますからね。。
    相撲って面白いってことを
    メディアではなく私達が言い続けて
    少しでも興味を持つ人を増やしていくことが
    今必要なのではないかと思います。

  9. おっちゃん より:

    >曖昧なことに対して誤解を与え、無用な批判を
    >招くことにも繋がってしまいます。
    一理ありますね。
    でも私は一方こう考えるんですよ。
    そうやって批判される事でもないのに批判されるという事を恐れ、昇進云々を決めていくような事になればますます下らない噂の言いなりになる、ここでは協会が毅然として臨まなければならないのではないでしょうか・・・?
    >過去を美化するのは、恐らく
    >今を貶めるための口実にすぎないのだと私は思います。
    そういうのもあるでしょうが、単に自分たちの時代は凄かったという事を言いたいがための事ではないでしょうか・・?
    私はベンチプレスをやっているのですがある時初心者の老人が私に近づいて来て言って事があります。
    「私が若い頃はこれの倍は軽くあげていた」
    私は言いました。
    「へ~、世界記録をお持ちだったんですね・・」
    スピードガンがない時代のピッチャーはみな「自分は160kmは出していた」と言ってますね。
    もし時計が10年前に発明されたものなら20年前のマラソン選手は「自分は1時間で42.195kmを走った」と言い張るかもしれないと言った人がいました。
    往年の名選手(名力士)と現代の王者が戦った仮想対決をしたら年配の人は何故か圧倒的に往年の名選手の勝ちと主張します。根拠はハングリー精神と練習量(稽古量)の差だそうです。
    千代の富士は貴乃花の10倍稽古してたそうで、北の湖は千代の富士の10倍稽古してたそうです。大鵬は北の湖の10倍稽古したそうで、栃若は大鵬の10倍稽古してたそうです。さらに双葉山栃若の10倍稽古してたそうです。
    一体双葉山はい1日何番稽古をしてたと言うのか・・・。
    昇進基準が厳しくなったの一番の原因はこの老害とも言える懐古主義および、そんな無責任な世論に毅然として臨まなかった結果だと私は思うんですよね。
    相撲ほどOBたちが現代の相撲はかくも面白くないものと宣伝する競技はないでしょう。「私たちの頃は凄かったそれに比べて現代は・・」というOBたちのなんと多い事か・・・・。
    それを聞いた一般人は「そうか面白くないのか」となってるケースが多いのではと思います。
    今回の昇進に関しても「そうか33勝しなければ大関になれないのか・・・」と思ってる人が多かった訳だと思います。
    同じように貴乃花も「連続優勝しなければ横綱になっちゃ行けない」と思ってる人が批判してましたよね。
    そういった批判を恐れて、違う事を違うと言えないのは絶対に間違ってると思います。
    今回33勝を割り込んで昇進した例が出たのはそういう意味では良い事だと思います。同じように連覇以外の横綱の昇進例も出てほしいと思います。
    河北新聞の一力さんは「11勝でも連覇なら昇進、14勝でも連覇じゃなければダメ、星も内容も関係ない」と言ってましたがこういう不勉強なうえに知ったかぶりの意見というのには毅然として臨んでほしいと思います。
    理想論でしょうか・・?

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