幕下相撲啓蒙月間:幕下力士・吐合の5月場所を通じて、幕下相撲を知る。3日目:岩崎
幕下相撲とは、何者かに成ろうとする男達の
最後の試練の場である。
人生するかしないかの瀬戸際で、
することを選んだ120人のロッキー達が、
勝つことでしか自己表現できない世界で
己の全てを賭けて闘う。
そこには人間らしい弱さも有る。
その大部分が挫折して辞めていく現状も有る。
だからこそ、私はそこに惹かれる。
幕下相撲とは、私達なのである。
3日目の相手は、岩崎。
序の口、序二段、三段目で1敗しかしていない
学生相撲出身の雄。
幕下昇進後に一度負け越し、
そして先場所は勝ち越している。
新旧学生相撲のエリートという構図の対決。
こちとら学生横綱である。
10年前の学生横綱だし、もはや身体も
かつてのそれではないが、
現在の吐合に有ったスタイルを確立している。
大学卒業後に辛酸を舐め続けた男か。
それとも、心身共に充実したエリートか。
熱い対戦である。
ロッキー的視点で言えば、辛酸を舐めた男に
どうしても肩入れしてしまう。
エリートは、敵役であるアポロが当てはまるからだ。
つまり、アポロ VS ロッキーの代理戦争なのである。
同じ学生相撲出身のエリートでも、
時が経てば立場も変わる。
状況も変わる。
私は、ここで吐合が技術の戦いを制し、
今を生きる力を見せてほしい。
もし、挫折を経験した後で身に付けたスタイルで
岩崎を完封したとしたら、
あまりに美しい話なので涙を流すかもしれない。
やれんのか?
相手は160キロで、一番苦手なタイプである。
一度のミスが致命傷になるが、
ミスをしなければ勝てる。
立ち合いで先手を取り、吐合の距離で取り続けること。
そして、有利な態勢をキープしながら相手を崩し、
体を残さないように土俵際にもっていき、
素早くフィニッシュに持ち込む。
言うは易いが行うは難い。
熱き戦いが始まる。
…
完敗だった。
何も出来なかった。
岩崎に、岩崎の相撲を取られてしまった。
形勢を逆転しようと手は尽くしたが、
岩崎は付け入る隙を与えなかった。
技術屋同士の戦いに敗れてしまったのである。
立ち合いから岩崎の距離。
岩崎の態勢。
岩崎は詰将棋をすればいい。
吐合は、詰められてそのまま敗れた。
これが、現実なのだ。
物語は、美しく終わる。
しかし、これは物語ではない。
現在進行形の事実なのだ。
人生は平等ではない。
不平等な中で、私達は少しでもチャンスを
掴むために全力を尽くす。
だが全力を尽くしても、叶わぬことの方が多い。
そうした現実は、幕下相撲の中でも描かれる。
今回の吐合は、正にそれだった。
生きる厳しさは、地獄を味わった男にも
等しく襲いかかる。
救いようが無いと感じるかもしれない。
しかしこれが、幕下なのである。
続く。