幕下力士:吐合の引退。愉しさと残酷な現実の狭間で、我々は如何に引退に向き合うべきなのか?後編
~前回までのあらすじ~
幕下力士:吐合さんが夏場所で引退する。
吐合さんを通じて相撲の面白さを知り、また吐合さんの勝敗に一喜一憂することこそ幸福だった私にとって引退は寂しことではあったのだが、徐々に番付を落していく中で第二の人生を模索することも必要ではないかと感じていた。
しかし、次の道に進むということは、もう土俵で吐合さんを観られないことを意味している。楽しい時間が続けばいいのにという想いと、それが続いても未来は掴めないという想いの狭間で迎えた最後の15日間。
西幕下60枚目という地位で、2勝5敗。最後の取組は吐合の相撲で勝利するも、かつて十両まであと一歩に迫ったあの時の相撲ではなかった。目の前の勝利に喜びながらも残酷な現実を受け止め、「もう十分だ」という想いを抱く。
だが、私はもう一つするべきことが有ると感じていた。
幕下力士:吐合の引退。愉しさと残酷な現実の狭間で、我々は如何に引退に向き合うべきなのか?前編
幕下力士:吐合の引退。愉しさと残酷な現実の狭間で、我々は如何に引退に向き合うべきなのか?中編
相撲の世界では広く知られていることだが、多くの幕下以下の力士が引退する時にすることが有る。
断髪式だ。
断髪式自体は、長く関取を務めた力士が国技館で有名人や友人、ファンを招いて盛大に執り行うというイメージを持たれている方も多いと思う。だが、幕下以下の力士についても実は行われるのだ。
部屋によって、力士によってやり方は異なるのだが、多くの場合は場所後に行われる千秋楽パーティの場で髷を切り落とす。ここまでなら場所が異なるだけで、やっていること自体はいわゆる断髪式と変わりは無い。招いている人と引退する力士のキャリアが異なるだけである。
力士の象徴たる髷を失い、第二の人生に旅立つ。エンターテイメントとしても優れているし、何よりセレモニーとして持つ意味も大きい。これを考案した人は天才ではないかと日頃思っている次第なのだが、実はもう一つ、幕下以下の力士ならではの演出が用意されている。つまり、大銀杏を結うのである。
現役時代、関取の象徴たる大銀杏を結うことの無かった力士に手向けとして一度だけ、力士生活の最後の瞬間だけは夢を実現させる。夢に向かって全てを賭けながら、叶わずに土俵を去るのはさぞや無念だと思う。そういう全ての力士に対するリスペクトが、大銀杏という演出の中に有るのだと私は理解している。力だけが全ての相撲カーストに於いて、最後の最後で優しさを見せる。厳し過ぎる相撲界に於いて、その苦労が報われる瞬間が一つだけでも有っていい。
だからこそ私は、谷しか無かった土俵人生の最後に一つの山を、里山戦の第二ラウンド以来の大銀杏を経験する瞬間を見ておきたかったのである。大相撲12日目を観終えた私はどうにか千秋楽パーティ参加に漕ぎ着け、当日を迎えた。
職場の飯田橋からタクシーを捕まえ、行先を伝える。恐らく行先から私が相撲ファンだと察したであろう運転手は、照ノ富士の優勝という話を振ってきた。普段であれば話したいことは山ほど有るのだが、気持ちは既に清澄白河なので適当に相槌を打つ私。両国周辺の道路は混雑が激しい。恐らくパレードの影響なのだろう。さすがに千秋楽の道路事情までは知らないので、思わぬところで足止めを食い残された時間が徐々に失われることに焦りを覚えていた。
直線距離でそれほど離れていない清澄白河に着いたのは、結局19時前だった。勝手知ったる清澄白河で錣山部屋と大嶽部屋の前を抜けると、遠目に見える北の湖部屋は普段とは異なる雰囲気を醸し出していた。近づくに連れて、和装の女性やカメラマン、背広の男性達が談笑している姿が確認できた。
そして、その輪の中心に大銀杏を結った吐合さんが居た。
あまりに穏やかで、和やかだった。
目の前の来客に話を合わせながら、周囲の人も同時に見渡す吐合さん。最後の場なので、吐合さんと話したい人は山ほど居る。話したいことだって山ほど有る。そういう中で全員と話すために上手く会話を切り上げて、中にお通しする。
恐らくこうした場を数多く経験しているのだろう。だが、そこには社交辞令という雰囲気は一切無い。ナチュラルな吐合さんと接している印象しかないのである。驚くべきことに、根からこういう方なのだ。
北の湖部屋の中に入り、ひとまず落ち着く。テレビで観る顔も有れば、稽古と名鑑で観た顔も有る。相撲部屋の日常という名の非日常は、あまりに刺激的だ。
すると、マイクに慣れた天一さんがこれから吐合さんの断髪式を始めるとアナウンスし始めた。
吐合明文。
小学生の頃に相撲を始め、近畿大学では学生横綱に輝く。幕下15枚目格付け出しデビューを果たすも膝の怪我で番付外に落ち、それでも幕下2枚目まで上がる。今場所を以って引退。
「膝の怪我で」から「引退」という言葉の間の濃密な歴史に想いを馳せて、感情が揺さぶられる私。私はこの5年だが、ここに居る方の多くは「膝の怪我」という時代から吐合さんを見続けている。だからこそ、今日という一日は特別なのだ。
そういう意味では、最も吐合さんを知る方達もこの場に足を運んでいた。ご家族だ。10年前の期待からは予想できない姿での引退に心中察するところが有ったのだが、口にされたのは後悔や無念ではなく、ただ感謝だけだった。
学生横綱に成るまでは角界入りは考えていなかった。だが、タイトルを獲れたからこそ、この道を選んだ。大相撲に入らなければ会えなかった人が居て、大相撲に入らなければ経験できなかったことが有る。
この言葉を口にすることは、簡単なことだ。良い人間であろうとすれば、息子の無念を想いながらもこういう着地点に達するだろう。だが、それは並大抵の無念ではない。息子の夢は、己の夢なのだ。
中学生の頃は全国3位、高校生の頃は2位、学生時代は優勝。息子の過去を誇らしげに語るその姿から夢の大きさが窺い知れる。中学時代に既にスカウトが有り、北の湖理事長と会うのは実に18年ぶりのことだという。夢が遠のき、限界を知った時、果たして私はこの言葉を口に出来るだろうか?死んだ子の齢を数えるように、あの日の相撲に想いを馳せたのではないかと思う。
そしてその想いは、吐合さんも同じだった。
月刊相撲の記事によると、彼はこう語っている。
「もし怪我をしていなければ上っていたかもしれないし、上っていなかったかもしれない。」
そういうことなのだ。吐合さんは、決して強がらなかった。有りもしない仮定に、自分の不幸を呪うことも大きく見せることもしなかった。吐合さん程のアクシデントであれば、泣き言を言っても後悔を口にしても誰も責めることは無い。だが、今の自分を見据えてそれ以上でもそれ以下でもない「もしも」を語る。本当に立派だと思う。
家庭訪問に来た先生に「先生は勉強を教えてください。躾は私がしますので。」と語ったエピソードに痺れながら、徐々に鋏が入る。現役時代の吐合さんに対する感謝の念を抱きながら、「この親にしてこの子有り」と畏敬の念を抱く。
これから先の人生では、残念ながら相撲界での経験が直接的に活きることは無い。股割りが出来ることも、押しが強いことも全く意味を成さない。むしろ、誰でも出来ることが出来ないという現実が重くのしかかることだと思う。
だが、誰もが出来ないことが出来るのもまた、力士なのだ。厳しい世界の中で本気で十両を目指し、力士として成長するために経験したプロセスは誰も真似することは出来ないだろう。ましてや吐合さんの10年間の苦労など、1億円払っても誰も経験することは出来ない。
前に出続ける相撲。
大怪我から逃げずに現役を続ける精神力。
手負いの体で新しい相撲を構築する研究心。
そして何より、実直な人柄。
この人には、相撲が無くても大丈夫だ。力士としての吐合明文は死んでも、人間:吐合明文は絶対に大丈夫だ。これこそが、北の湖部屋での10年間で得たものなのだ。
師匠の北の湖理事長も、最近雑誌でこう語っている。
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力士は、相撲協会に直接、入門するわけではありません。師匠の下に入門することで初めて力士になります。そして、相撲部屋で師匠や兄弟弟子と一緒に寝泊まりして、稽古に励むのはもちろん、掃除や洗濯、炊事も覚えて、力士として成長していきます。だから、師匠は相撲の取り方だけでなく、一般社会の常識も教えなければいけません。師匠は厳しくかつ愛情をもって力士を指導し、守るべき時には守り、力士はそれを恩義に感じ、責任ある行動を取る。それくらい師匠の存在は大切だし、師匠と弟子の関係こそが、相撲の世界の根本なのです。
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相撲部屋は単なるアスリート養成場ではない。人を育てる場なのである。吐合さんだけではない。初めてじっくり話した力士である一心龍さんも、大露羅さんも、そして北太樹関も。北の湖部屋の力士は、力士である以前に社会人として立派だったのである。
断髪式に参加するにはポチ袋が必要なことを知り、少し離れたファミリーマートに全力疾走しながら、レジで待ちながら、なけなしの金を袋に入れながらそんなことを考えた。そして、北の湖部屋に戻ると、既に断髪式を終えた吐合さんがそこには居た。
もう、相撲は今日で終わりだ。
これから長い第二の人生が待ち受けている。
結局、相撲もとんかつ屋も同じことなのだ。
一人の力士の死を目の当たりにしても、私の感情は揺さぶられなかった。もうそこには、一人の社会人しか居ないのである。半蔵門線で「ぼくらが旅に出る理由」や「born to run」を聴いても、何も変わらなかった。
吐合明文という力士と共に生きた5年間は、最高だった。このような経験は、恐らくもう無いと思う。だがこれから先も、私は幕下相撲を見続けることだろう。
関取という名の超人を目指して、120人が凌ぎを削り、その多くが夢に殉じる。
未完のエリート。
相撲を覚えたての外国人。
再起を賭ける元関取。
そして特別な能力を持たない一般人が同じ土俵で戦う世界。
それが幕下相撲。
学生横綱としての相撲を失いながら、持たざる者として生まれ変わった吐合さんの相撲を追いかけることこそ、幕下を観ることだった。だが、そこには120人の吐合さんが存在していたのだ。誰もが一生の全てを賭けて相撲に取り組んでいた。吐合さんが去っても、これからも吐合さんのようなドラマは繰り返される。
足りないものを埋め、自分の弱さに向き合う。人生の成功を夢見ながら、何者かに成るために日々努力しながら、その姿に近づけないことに煩悶しながらも、それでも前を見続ける。だが今日も失敗している。我々が社会生活の中で日々思い悩み、取り組んでいることの縮図が幕下相撲には有るのだ。
素晴らしき人間による素晴らしき相撲を、
これからも見続けていきたい。
幕下とは、私達なのだから。
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