幕下力士:吐合の引退。愉しさと残酷な現実の狭間で、我々は如何に引退に向き合うべきなのか?中編

~前回のあらすじ~
幕下力士:吐合さんが夏場所で引退する。
吐合さんを通じて相撲の面白さを知り、また吐合さんの勝敗に一喜一憂することこそ幸福だった私にとって引退は寂しことではあったのだが、徐々に番付を落していく中で第二の人生を模索することも必要ではないかと感じていた。
しかし、次の道に進むということは、もう土俵で吐合さんを観られないことを意味している。楽しい時間が続けばいいのにという想いと、それが続いても未来は掴めないという想いの狭間で吐合さんを土俵で観られるタイムリミットは刻一刻とゼロに近づいていたのだった…
幕下力士:吐合の引退。愉しさと残酷な現実の狭間で、我々は如何に引退に向き合うべきなのか?前編
夏場所が始まった。
幕下西60枚目という、幕下でも一番の下位というのが吐合さんの現状だ。だが、幕下であれば誰もが夢に向かって妥協なき攻めを見せるので、この地位であっても勝ちを重ねることは相当難しいことだと考えざるを得ない。
BSの相撲中継に入ったり、入らなかったり。2か月に一度番付が変更される大相撲に於いて、西60枚目という地位は幕下だけで120人が在籍している。つまり、彼らを全て追い越さねばならない。120人に後れを取る地位で迎える最終場所。仮に7連勝して優勝を決めたとしても、その先には力士としての続きは無いのだ。一体これは、誰のための15日間なのだろうか。勝敗は一切の意味を持たないのである。だが、吐合さんは7番相撲を取る。
しかし、勝敗を気にしなくて良いのだからこそ、応援する側としては気持ちが楽になる。1番の勝敗が次の場所の浮沈を大きく左右するのだから、土俵際で残るか残らないかで感情が昂る。残った時の悦びは格別だし、残らなかった時の落胆も相当なものなのである。
2015年夏場所は、吐合さんにとって集大成であることは間違いない。だが十両の芽の一切無い、言わば残された7番の消化試合を粛々とこなすのは何故なのか。そこが私には分からなかった。
とはいえ、他ならぬ吐合さんの最後の15日間となれば、私は当然BSに録画してその取組内容を目に焼き付ける。西幕下60枚目なので放送に入らないことも有るのだが、有り難いことに動画サイトにアップロードしてくださる方が居たのでこれにも目を通す。
今場所の吐合さんは3連敗、4番目の相撲で全敗同士の対決を制し、その後の2番で連敗。1勝5敗。6番目の相撲までの結果は、このようなものだった。
そして迎えた最後の取組。運良く放送に間に合ったわけだが、これまでの吐合さんのキャリアを伝えるアナウンサーの語り口調からも、この一番がどのような意味を持つかは明らかだった。
学生横綱で幕下15枚目格付け出しデビューを果たした吐合。
膝の怪我で番付外まで転落。
幕下まで番付を戻し、あと1番で十両という取組で敗れた。
今場所が10年目の節目だ。
幕下は取組までのスパンが短い。この起伏に富んだ土俵人生に対して感情を込めて伝えるだけの時間が無い。だが、あまりにドラマチックなキャリアは短い言葉でも十二分に伝わるそれであった。
最後の取組。
正面から当たる。
完全に先手を取った。
相手の体が伸びる。
更に下から突き上げる。
後退を重ねる。
徳俵でも足は止まらず、そのまま土俵を割る。
勝利。
最後に、吐合さんは吐合さんの相撲を取った。
永年見続けてきた、私の好きな相撲だった。
花道を引き揚げる中、花束を受け取る。
ここで引退の事実が明かされた。
力士や呼出から労いの言葉を受け、全てに一瞥する吐合さん。過剰ではないが、素っ気なくも無い。淡々と、そして飄々と。吐合さんは花道でも吐合さんで在り続けた。そして、その光景を目の当たりにした時の私も、いつもの私だった。
最後の取組を吐合さんの内容で勝ったことは確かに嬉しかった。この相撲が取り切れないことこそ、ここ2年の煩悶の源だったのだから。最後の最後で綺麗な思い出が作れたことは、ファンとしては有り難いことだった。
しかし、これは吐合さんの相撲ではなかった。
そう。
西十両60枚目で2勝5敗の、吐合さんの相撲だったのである。
ここ2年追い続けてきた吐合さんの相撲というのは、2012年にあと1勝で十両まで迫った時のそれだった。東龍も、琴国も、千代鳳も、錦木も全て完封したあの時の相撲だったのだ。危険な間合いに勇気を持って入り込み、いなしと2段に伸びる突き押しで重心を根こそぎ崩す。これこそが吐合さんの真骨頂だった。
あの相撲さえ戻れば。
あの時の体が戻れば。
しかしその願いは、2015年夏場所まで叶うことは無かった。
それが悔しく、悲しかった。
最後の相撲は「全盛期を彷彿とさせる」それだったのだ。
とある元力士の方はかつて私にこう言った。
「ニシオさん、悪いですけど吐合さんはもう、十両に上がることは無いです。思い浮かぶのが里山先輩との一番じゃないですか。過去の相撲が浮かんでくるようになったら、もう厳しいってことなんですよ。」
つまり、そういうことなのだ。
圧倒的現実を目の当たりにし、引退するという事実を受け入れる。吐合さんにとっての15日間は別の意味を持っていたかもしれない。だが私にとっての15日間は、吐合さんに託した夢を介錯するという意味を持っていたのである。
もはや全盛期ではない。
十両は目標ではなく、夢。
夢への道が絶たれているということを、取組内容から受け止める。それも、予め引退という事実を知る中で。結局、2年間でこれが出来なかったのだ。突然の引退であれば、突然の分だけ未練も生まれる。「まだやれる」という彷徨う想いを供養できずに、時間に解決を委ねることになる。だが吐合さんの取組は、「もう十分だ」だったのである。
あの頃の相撲が取れないながらも、あの頃のそれに近しい相撲を取ることで喜ぶ自分。そして、その事実に気付く自分。そこにもう、希望的観測は消え失せていた。
西幕下60枚目で、2勝5敗。
33歳。
全盛期から20キロ以上痩せた肉体。
少し後退した額。
その全てが、圧倒的現実だった。
もう、十分だった。
未練も何もない。
涙も出ない。
無念でも惜別でも無い。
全てを受け止め、湧き出てきた感情は感謝だった。
だが、力士の引退ということで私は一つ、やり残したことが有った。
続く。
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幕下力士:吐合の引退。愉しさと残酷な現実の狭間で、我々は如何に引退に向き合うべきなのか?中編” に対して1件のコメントがあります。

  1. lovesports2436 より:

    どうもあなたは白鵬批判の後から冴えがなくなりましたね・・
    もう一度復活してください。応援しています。

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