幕下力士:吐合の引退。愉しさと残酷な現実の狭間で、我々は如何に引退に向き合うべきなのか?前編

「え?ニシオさん、知らなかったんですか?吐合さん、5月場所で引退するんですよ。」
1月場所の千秋楽の後、スナック愛で常連さんにこう言われた私の胸に去来したのは驚きではなかった。納得感と、そして安堵だった。
今更ではあるが、吐合という力士について簡単に説明すると、2004年の学生横綱で、将来を嘱望されながらも膝の大怪我で番付外まで落ち、そこから這い上がって幕下で8年余り苦闘し続けた力士である。
「幕下相撲の知られざる世界」は当初この珍名力士を追うことから始まり、対戦相手や幕下独自の不平等極まりないカースト制度を知るに連れて幕下に面白味を覚えたことから開設に至ったブログだ。
最初は珍名を笑いながら、しかしその苦しさとひたむきに前を見続ける誠実さ、未来を切り開く強さに触れて考えを改め、吐合さんを追いかけながらも幕下全体を伝え、そして目線を幕内や土産物に至るまで広げたのである。吐合さんの相撲が大好きだし、録画をすれば真っ先に吐合さんの取組を確認して一喜一憂する。そんな幸せな日常こそが、私にとっての大相撲だった。
だが、私はここ2年異なる想いを抱いていた。次の道を模索した方が、吐合さんの為なのではないか?と。
というのも、3年前に十両昇進を賭けて闘っている時と今とは明らかに異なる相撲を取るようになっていたからだ。端的に言えば「押せないし、押される」のである。体重が120キロ程度しかない吐合さんのスタイルは、突き押しだ。だが、突き押しで生きていくには威力に課題が有り、技でいなすにしても体が無いのでいなし切れない。途中まで吐合さんの相撲を取っても、取り切れない。組み止められてしまうか、土俵際での逆転を喰う。
自分の相撲が取れている時はまだいい。相手のペースになった時に、インサイドワークで交わせないのである。相手のプレッシャーをまともに受け、そのまま土俵を割る。外から掴まれて攻め手を失い、成す術なく敗れる。「天才」とまで称された強烈な突き押しは神通力を失い、細くなった肉体に幕下の猛者は容赦なく襲い掛かる。ここ2年はそういう課題に直面し、徐々に番付を落していた。
現役を続ける限り、吐合さんを見届けたいと私は日頃から思い続けてきた。続けることも、止めることも、本人の決断次第だ。様々な葛藤の末に結論付けているのだから、その決断は全て正解なのだと私は考えている。続ける限り見届けたいと思っていたのは、こういう理由からだ。
私が如何に番付を落しても吐合さんから何かを感じるのは、彼が苦しい状況でも十両を目指し続けているからだった。それは虚勢でも何でもなく、心の底からそう思っていることを以前記事にしたことが有る。死に場所を求めるのではなく、生きるために幕下で取り続ける。逆境に於いても、吐合さんは戦士で在り続けたのである。
だが吐合さんが戦士であれば、最近の相撲内容から十両は現実的な目標ではなく遠くで霞むエルドラードに成りつつあることは残酷なほど理解できたことだと思う。それほど、最近の幕下上位の力のインフレは激しく、そして吐合さんは往年の力を失っていたからだ。
吐合さんを見ることは、私の幸せだった。一人の力士の勝敗に一喜一憂する。そんな単純なことに没頭できる。それは34歳の私が吐合さんの相撲と出会うまで忘れていた、青臭い愉しみだった。吐合さんの相撲に出会ってから相撲が行われる15日間はただ、最高だった。
だが、吐合さんの33歳という年齢を考えると、社会人として経済的な基盤を築くには一刻も早い決断が求められるのもまた、事実なのである。大相撲は先日の記事にも記したように、終わりを自分で決めなければならない。もう力士として前に進むことと、一人間として将来を切り開くことの共通した解が現役続行でないことは誰の目にも明らかだった。
現役を続ければ残酷な現実を突き付けられる。
引退すれば、珠玉の愉しみを失う。
ここ2年私はこの両者の間に板挟みになり、煩悶し続けた。そしてその煩悶から逃れる唯一の方法が、本場所を観ることだった。表面的な勝敗に一喜一憂することに徹すれば、この問題に向き合わなくて良かったからだ。こんな後ろ向きな現実逃避さえも、楽しかった。だから、このままの日常が続いてもいいのではないか?そう考えたことも有った。
吐合さんの引退という知らせはだからこそ納得出来た。そこから芽生えた感情が安堵だったのは必然だったと思う。
もう日常はあと2場所しか続かない。そしてそれはもはや、日常ではないのだ。そんなことを日々悶々と考え、大阪場所は一瞬にして終わった。
ブログ更新が1か月途絶えたのは、この大恩人が引退するという現実に対する向き合い方が分からなかったことも一因である。吐合さんが居ない大相撲など存在しないし、吐合さんを観ることこそ大相撲的体験だった私にとって納得も安堵もしているが、感情面で追いつかない部分が有ったのである。
一人の力士の引退という現実にどう向き合えば良いのか。私の中ではまだ、答えが見えていない。引退は確かに決まっている。だが、夏場所では土俵に上がる。
最後の15日間は吐合さんにとっても区切りだが、ファンにとっての区切りでもある。現在進行形の吐合さんを見届けることで、答えは見えるのか。失った後で喪失感に苛まれながら、答えを求めて私の魂は彷徨い続けるのか。それとも15日間の先に、明確な着地点が見いだせるのか。
これは、集大成なのだ。一人の力士と出会い、相撲という閉じた社会の中で奮闘し、そして限界に直面し、自ら終止符を打つ。私は「幕下相撲の知られざる世界」の中で、幕下の魅力や苦しみについて書き続けてきた。
だが、一人の力士の終わりについてここまで考えさせられたことは無かった。吐合さんの引退は最後の1ページであり、私にとってもそれは「幕下相撲の知られざる世界」である。吐合さんと同様に、その現実に向き合い、苦しみ、考え抜く。
吐合さんにとっても私にとっても区切りの15日間が、始まった。
続く。
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