座布団投げは、文化か。危険行為か。危険行為を文化として黙認している現状を踏まえたうえで、我々がすべきことを考える。
横綱が敗れると、座布団が舞う。
相撲を知らない人でさえも、そのことは知っていることが多い。観戦に足繁く通っていると話すと、座布団を投げられることを羨ましいと言われることも有るほどだ。テレビでも波乱が起きるとこの光景を映し出すためだと思われるのだが、わざわざ引きのアングルから館内の全景を見せるほどである。
確かに見ている分には綺麗だし、球場のジェット風船の相撲版だと思えば和風の演出として捉えることも出来る。恐らく、国技館と相撲の関係性にフィットすると考えている方が多いことから、この風習が支持されているのではないかと思うのだが、一つ触れておきたいことが有る。
座布団を投げるのは、極めて危険だということである。
忘れもしない。
1年ほど前の出来事だ。
鶴竜対豪栄道。
豪栄道のはたきに鶴竜が落ち、豪栄道が勝利を収めたかのように思えたあの時、私は生まれて初めて国技館のマス席で観戦していた。豪栄道が勝ったと理解した瞬間、身の危険を察知した。
頭上を舞う無数の座布団。
どれほどの座布団が通過したかは分からない。だが、見なくても何かが猛烈なスピードで通り抜けていくことだけは理解していた。これは危ない。そう考えた私は両腕をクロスして、迫り来る物体に備えることにした。
さすがにこれで大丈夫だろう。我ながらいい方法を思いついたものだ。後方からも横からも、このガードであれば守ることが出来る。危ないながらも少し楽しくなってきたその時。
ドンッ!
いきなり視界が遮られたのである。
3時間はビールを飲み続けている私なので、ほろ酔いを通り越してもはや何酔いと評すれば良いかよく分からない状態だった。かなりいい気分になっているところに、ヘッドショットが決まる。こうなると、完全に混乱状態である。
平静を保とうとするが、さすがに動揺は隠せない。土俵では白鵬が手を挙げて豪栄道の反則をアピールしており、
館内は混乱が混乱を呼ぶ狂乱状態だったのだが、私はもう、相撲に没頭できなかった。ちなみにこの時メガネが数メートル吹き飛び、半壊状態だったことも付け加えておきたい。
座布団の攻撃力は想像以上に高い。思った以上に重量が有るので、加速すれば交わし難い上にダメージも大きい。考えてみると人の尻のクッションになる素材なのだから、それなりに重量が有って然るべきだ。相撲中継を見て分かるように、座布団の餌食になるのは基本的にはお年を召した方達なのだから、危険は数割増しになる。
だからこそ、相撲の華のように語られることの多い座布団投げではあるが、館内ではこれを止めるようにアナウンスが流れる。だが誰もそんな言葉に耳を貸さず、無意識のうちに危険行為に加担してしまう。
そう。
問題はそこなのだ。
投げる側はテレビ中継で座布団投げを刷り込まれているために、危険だという認識が無いまま相撲を楽しむ一環として座布団に手を掛けてしまう。少し考えれば座布団が単に空中を舞うだけでなく、観客の脳天にハードヒットするリスクも脳裏を過ぎるはずなのだが、考えるという行為を忘れてしまうのが固定概念の怖いところである。
「そういうものだ」という言葉は何かを諦めさせる魔法の力を持つと私は考えている。良い文化であれば「そういうものだ」が肯定的に物事を捉えさせるために多少の疑問点ですら文化的な重みとして受け止めることにも繋がる。だから座布団投げという文化は想像以上に危険なのだと私は思う。
更に付け加えると、座布団投げもまた観戦約款で明確に禁じられているのである。そこで観戦約款の該当箇所を紹介したい。
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第8条(禁止行為)
第1項 何人も、主催者の許可を得ることなく、以下の行為を行ってはならない。
土俵上への乱入、土俵、座席、通路、階段等の相撲場への物品の投げ入れ、柵、手すり等へのよじ登りやまたがり行為、座席範囲以上に身を乗り出す行為、その他自己または他人の生命、身体、財産に危険を及ぼす虞のある行為
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座布団投げが「土俵、座席、通路、階段等の相撲場への物品の投げ入れ」に該当することは間違いない。禁止行為だからこそ、館内では横綱が敗れた後で座布団投げを諌めるアナウンスが流れているわけだ。
なお、単に禁止行為として定められているだけでなく、相撲協会は座布団投げについて会場で一律配布される取組表にこのような形で明記している。
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座布団や物を投げて人に怪我をさせた場合は、暴行罪・傷害罪に該当する場合が有ります。物は絶対に投げないようお願いいたします。
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先日観戦した際に受け取った写真も一緒に掲載しておきたい。一番左に少し大きめのフォントで記載されているので、ご確認いただきたい。
2015年9月場所4日目 取組表
しかしここで疑問なのが、相撲協会のスタンスである。危険行為として禁止しているにもかかわらず、また、傷害罪や暴行罪に該当する可能性が有ると公言しているにもかかわらず、徹底して禁止していないのだ。
表立ってのスタンスとしては禁止行為としておき、しかし座布団投げが楽しみとして成立してことを考慮し、厳格化せず黙認している。どちらかと言えば座布団投げする側に理解を示す形での運営ではないかと思う。人々の愉しみを奪わずに「止めろ」と言いながら結果的に認めるのは、つまり「話が分かる」ということだ。日本的で、ある意味粋とも言えるのかもしれないが、粋で片付けていいかと言えば中々難しいところではないかと思う。
怪我人が出なければ良いとも思うが、怪我しなければいいかと言えばそうでもない。危ないことそのものが、本来であれば排除されるべきことなのだから。ただそれは、溜席に力士が飛び込んでくるリスクとはまた別の性格を持つ。溜席は力士を間近で観るための観戦文化だが、座布団投げは近年始まったことだ。文化的背景に裏打ちされたものとは少し異なる。
ファールボールを受けた観客が訴訟を起こす世の中だからこそ、2015年に適応した観戦文化を創造せねばならないのではないかと私は思う。相撲協会が厳格化しないスタンスである以上、自分の身は自分で守らねばならない。
そこで最後に先日知り合いの方が教えてくれた、座布団投げからの防衛策を紹介したいと思う。
「座布団を、防災頭巾のように被る」。
…なるほど。
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