稀勢の里は白鵬のフィールドで闘い、敗れた。
何をしたかは分からない。
だが、一瞬先に立ったのは白鵬だった。
普通ならこの一瞬の差で白鵬は稀勢の里を出し抜いている。ここ2年で何度か見られた、例の白鵬の立合いである。微妙に早く立つ白鵬を見て、一気に持って行かれる様子が脳裏を過る。
あ。
終わった。
この一瞬だけで終わる取組のはずだった。
白鵬を卑怯だと罵り、稀勢の里の正直さに不甲斐なさを覚えながら、どこかで愛らしさを覚える。白鵬がインサイドワークで勝利を掴み取った時の、いつもの感想を抱いて終わるだけのはずだった。
だが、稀勢の里はここで立った。
立つことが出来た。
これで、立ち合いは不成立だ。
稀勢の里は、ここで一つの成長を見せたのだ。
思えばこれまでの稀勢の里であれば勝負に入り込みすぎるために、その部分に付け込まれてしまっていた。
稀勢の里が白鵬に挑む時、これまでであれば果し合いの様相を呈していた。真っ向から自分の力をぶつけに行く。力対力の相撲を挑む。それが稀勢の里の最大の魅力であり、最大の弱点だった。
だが白鵬は、もうその土俵には立たなくなっていた。
3年前の5月場所。
全勝対決での白鵬は、稀勢の里と正面から対峙した。
あの時の白鵬は、確かに果し合いに来ていた。
今の白鵬は、違う。
白鵬は果し合いに来ているのではない。
勝ちに来きているのだ。
白鵬は稀勢の里に付き合わない。稀勢の里の場所では闘わない。その代わり、白鵬は白鵬のフィールドで闘うことを選んだ。それが、白鵬が支配する土俵である。
果し合いの土俵であれば、力はイーブンだ。だが、勝負の場では白鵬にしか出来ないことが無数に有る。白鵬は、勝負を動かすことが出来る。
稀勢の里は、勝負の場だと白鵬に付き合うしかない。その場は白鵬によって支配されてしまう。稀勢の里が勝つには、白鵬の場で白鵬を上回るという難題を乗り越える必要が有るのだ。
今日の土俵は、白鵬のフィールドだった。
稀勢の里はそこで一つの回答を見せた。
稀勢の里は成長していた。
確かに成長していたのだ。
それでも、勝てなかった。
稀勢の里は白鵬に敗れた。
稀勢の里が勝つには何が必要なのか。あの琴奨菊戦で見せた決意を見せられたら、と思う。結局勝負に対する決意を形で見せたのは、白鵬だったのだ。そしてその形こそが、あの立合だった。
あと4日有る。
もし稀勢の里が4日後にもう一度白鵬に対峙するとしたら、どうするのか。
白鵬の場で闘うことを選ぶのか。
それとも、それを拒むのか。
今日の敗北は、何を産み出すのか。
あと4日。
もう負けは許されない。
変わるのか。
変わらぬのか。
稀勢の里を、見届けよう。
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