相撲を観よう。白鵬稀勢の里は、15年ぶりの国民的行事である。
30代半ばの私が相撲好きであることを話すと、同世代の人間の反応は似たようなものだ。
「うーん、若貴の頃はよく見たんだけどね」
確かに当時相撲を観ることは自然なことだった。両親や祖父母と共に相撲を観て、アニメが観られないことを怒ったり、舞の海の猫だましを真似たり、休み時間に相撲を取ったりしたものだ。当時は日常の中に相撲が組み込まれていたのだ。
あの頃相撲観戦と言えば、テレビでの観戦を意味していた。それほどチケットが入手困難だったのだ。インターネットが有る時代でもない。「入手できない」という言葉が独り歩きし、20年経った今もその概念が継続している人も多い。逆に今、チケット大相撲を経由して一般人でも普通に入手可能だというと驚かれることも有るほどだ。
だが、貴乃花の鬼の形相を境に大相撲人気は緩やかに下降線を辿った。朝青龍で物議を醸し、一連の問題でどん底を経験した。この頃からだろうか。共通言語だったはずの相撲が、いつの間にかそれほど共有出来なくなったのは。
相撲を全く知らない方が知っている力士は、白鵬とせいぜい遠藤くらいだ。世代が若いと相撲中継を殆ど見たことが無いということも有る。国技館ではコールをしてはならないという抽象的な概念も通用しなくなってきている。
15年足らずで、大相撲を取り巻く環境は変わった。
変わり果ててしまった。
もう誰もが大相撲を語れる時代ではないのである。
多くの方が共有できる、あの頃の相撲は死んでしまったのだろうか。相撲人気とは言うが、一部の人間だけで盛り上がるマニアックなそれではないだろうか。
私は、自信を持って違うと言える。そしてそれは、今日証明できるのだ。白鵬と稀勢の里の一番は、確実に大相撲の歴史になるのだから。
勿論、この一番は大熱戦で終わることが無い可能性も有る。若貴時代で止まっている方からすると、「これが相撲か」と驚くことが多いのではないかと思う。
稀代の横綱は、いわゆる正々堂々という横綱相撲を仕掛けてはこない。あらゆる選択肢を視野に入れ、取組の前から勝負を仕掛けてくる。仕草の中にも伏線が有る。汗を拭く、拭かないということでさえ戦略として組み込まれている。
勝つことで価値を証明することを選んだ白鵬のスタイルは物議を醸している。好きな方と受け付けない方に二分される。中間など存在しない。強烈なシンパと強烈なアンチ。それほど今の白鵬の取組は明確なカラーが有る。良くも悪くも2016年の相撲の一つの到達点を、白鵬から観ることが出来るのは間違いない。
そして、負け続けることによって物語を紡いできたのが稀勢の里だ。敗れても敗れても勝負を挑み続け、敗れ続けてきた。ここで普通は誰もが諦める。しかし諦めきれない。口では憎まれ口を叩いても、新聞の取組結果で真っ先に追うのは稀勢の里という方は多いことだろう。
36回の幕内総合優勝経験者と、優勝経験の無い日本最強力士。こう書いてしまうと勝ち目が無いように見える。だがここまで二人の物語を見ていれば、何が起きてもおかしくはない。そして、どちらに転んでもそれは相撲の歴史になるのだ。
立合を前に勝負が決まるかもしれない。立合で勝負が決まるかもしれない。大熱戦を期待すると、真逆の内容になるかもしれない。
それでも、白鵬と稀勢の里の対決には、他では経験できない緊張感が有る。高揚感が有る。そして、期待感が有る。このような空気は、そう経験出来るものではない。相撲を知らない方が観ても、その圧倒的な空気は伝わるはずだ。
勝つのは白鵬の勝利の歴史か。
それとも、稀勢の里の敗北の歴史か。
今日の大一番は、互いの歴史の闘いだ。
全てを勝利に捧げた白鵬の凄味が勝るのか。
それとも、美学に生きてきた稀勢の里の哲学が勝るのか。
相撲を見続けてきた高齢者が、子供のように二人の闘いに釘付けになっている。そんなこと、有るだろうか。普通は有り得ないことだ。歳と共に比較の材料が出来ればできるほど、人は醒めていく。だが、白鵬と稀勢の里の対決はいつだって期待を抱かせるのである。
相撲を観よう。
そこには相撲でしか経験できないものが有る。
そう。
今日は15年ぶりの国民的行事なのだから。
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“相撲を観よう。白鵬稀勢の里は、15年ぶりの国民的行事である。” に対して2件のコメントがあります。
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私も今日の一番はもちろん大熱戦を期待しますが、
一方でもう古い話になってしまいますが、栃東の初優勝は
優勝決定戦で、立ち合いの注文相撲であっさり決まってしまった
あの時の喜んでいいやら、どうしていいやら。
そんなことも今日の大一番において
あるかもしれないと、頭の片隅に入れて置こうと思います。
勝負の本質は一瞬で決まる。そう思っています。
稀勢の里の左四つに対して、おそらく横綱は全力のかち上げ。
かち上げをかいくぐり左下手を取れれば、今場所の稀勢の里なら
互角以上の相撲が取れると思いますし、逆にかち上げで弾かれ
腰が伸びる体勢になれば、横綱が一気に。
そんな感じかと予想しております。
どちらにせよ、力の入る一番になりそうで期待して見たいと思います。
稀勢の里よ、白鵬を倒して横綱になれ。