稀勢の里は俺達であり、俺達は稀勢の里である。

またしても繰り返されてしまった。
観たくない光景を観てしまった。
と言えばもうお分かりだろう。
稀勢の里の2敗目である。
相手を見ずに突進する。
変化を貰う。
おわり。
ただそれだけの一番だ。
もう何も言うことは無い。
怒り。
悲しみ。
諦め。
様々な感情が押し寄せる。とても相撲など観る気も起きない。そういう事実が有る以上、気持ちに折り合いなど付けることは出来ない。しかし、ふと考えてしまう。そしてまた感情が揺さぶられる。
稀勢の里が不甲斐ない一番を取ってしまった時、このようなことになってしまう。重要な一番だけの話ではない。いつものことだ。
だが、ここで私は考えた。
白鵬との差は無いのである。
今までは1つリードしていたのだが、並んだということである。
つまり、状況はまるで変わらないのだ。
1つリードしていても、並んでいても変わらない。
何が言いたいか。
どちらにしても、白鵬に勝たねばならないということだ。
もしこのリードが2つであれば、白鵬戦の結果は問われない。白鵬以外の力士に対して結果を残しさえすれば全く問題は無い。だが白鵬が残っている以上、本割かもしくは優勝決定戦で勝たないと優勝は無い。
ましてや今の稀勢の里を考えると、リードしている状況で迎えた本割で白鵬に敗れてから優勝決定戦で勝つというシナリオは考え難い。そこから立て直しての優勝は、難易度がケタ違いに上がることになる。勝ったことが無い者が更にプレッシャーの掛かる状況に追い詰められる中で結果を残すのは至難の業だ。故に優勝するのであれば、本割で白鵬に勝つことが求められるわけである。
だから今日の負けが場所の流れという意味では痛いのだが、何も変わっていないのである。私はその事実に気付き、安堵した。
結局は、14日目次第なのである。
落胆から一気に開き直る自分。
だがここで私は気付いた。
そう。
稀勢の里が開き直らなければ全く意味が無いのである。
そもそも私は稀勢の里でもないのにこんなに考えているのか。一人で落胆して、一人で怒って、一人で分析して、一人で安堵する。そんな意味の無いことに時間を費やしているのか。
そうでもしないと、落ち着かないからである。
稀勢の里を観るのと、他の力士やアスリートを観るのは決定的に異なる。スポーツヒーローを観るという行為は、超人としての凄さに触れることだと私は思う。例えばイチローを観ていると、そのキャリアと現在のパフォーマンスに畏敬の念を抱くことになる。
しかし、稀勢の里は違う。
そこには必ず自分が居るのだ。
それは、超人を観る行為の中には絶対に無い概念である。素晴らしさに感嘆するのだとしたら、そこに自分という世界は存在しない。何故なら、素晴らしさと自分は別世界に居るものだからだ。だからこそ、超人たるアスリートに惹かれるのである。
稀勢の里は超人と凡人が同居する力士なのだと思う。超人的な活躍を見せながら、一方で有り得ない脆さを見せる。脆さや弱さの中に自分を見て、そこに自分が居るからこそ辛いし、乗り越えることを期待してしまう。
自分自身が日々の生活の中で行っていることと、それは同じなのだ。勿論稀勢の里ほどの超人性は、我々凡人には存在しない。だが少なくとも稀勢の里の凡人性は、我々凡人の中に確実に存在するのである。
つまり、稀勢の里は俺達であり、俺達は稀勢の里なのである。
稀勢の里が敗れた時、感情が揺さぶられる。これはある種の修行である。稀勢の里が結果を出せない中、悪い結果が出て動揺しているようでは俺が駄目なのである。目先の結果に動揺すること。落胆すること。そういう俺では困るのである。
稀勢の里を観ることは、単に相撲や力士を観るという単純な行為なのではない。結果やプロセスを追い掛けながら、自分に向き合う。稀勢の里を観ながら、自分を振り返る。良い時ばかり有る訳ではない。15日間の中で必ず悪い時が有る。そして悪い時ほど自分が試される。
稀勢の里も乗り越えなければならない。だが、俺達も乗り越えなければならない。稀勢の里を観ることは、俺達を観ることでもあるのだ。俺達の中の稀勢の里を、俺達も乗り越えなければならない。
だから、目が離せないのである。
あと5日間。
勝っても負けても、全てを見届けようと思う。
楽しいだけではない。
だが、そこには絶対に大事な何かが有る。
期待しよう。
落胆しよう。
全てを受け止めよう。
それが、稀勢の里を観るという行為なのだから。
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