強さと弱さを超えた、朝8時の相撲の知られざる世界。

朝8時の相撲を見たことが有る方は、一体どれくらい居るだろうか。
幕内は16時から、十両は14時の終わりには始まっている。最近では幕下を観ることも珍しくないが、その幕下も13時に行われている。
だが、実は大相撲は12日目までは8時から行われている。番付に載らない前相撲から始まり、序ノ口、序二段、そして三段目と取組が行われている。世間的にはまるで無名の力士達が、明日の関取を目指して時に勝ち、時に敗れる。
・・・と言いたいところだが、そういう訳でもない。それは、この時間の取組を観たことが有る方は分かると思う。
そう。序ノ口と序二段を往ったり来たりする力士も存在しているのだ。
序ノ口と言うのは基本的に勝ち越せば序二段に昇進できる。また、序ノ口の数が多くなると序ノ口で負け越しても序二段に昇進することも有る。大相撲のピラミッドの中では最下層に位置する番付で10年、長ければ20年現役を続けている力士も存在しているのである。
10年相撲を取り続けて、相撲界ではまだ最下層。普通は辞めてしまうはずだ。事実、序ノ口で全敗を経験した力士の多くは、早いうちに相撲を辞めてしまう。余談だが幕下以下では基本的に勝敗数が同じもの同士が対戦するので、序ノ口で全敗ということは、その場所に於ける最弱力士と言い換えることも出来る。
上位に昇進できる望みが無いということは、プロであれば誰でも分かる。親方やマネージャーであれば、しばらく見ていれば残酷な事実に気付くことになる。そのため、部屋によっては引退を勧めることも有るのだという。
では何故、このような力士が存在することになるのか。
力士になるには新弟子検査を受けることになるが、ここで問われるのは以下の通りである。
・中学校卒業以上であること ※各国の義務教育を修了していること
・検査日に23歳未満であること
・体格検査を合格すること ※原則的に167センチ67キロ以上であること、ただし時期によって条件が緩和されることも有る
・内蔵検査を合格すること
お気づきだろうか。
そう。
相撲の実技試験が無いのである。
新弟子検査合格後の本場所では、前相撲が行われる。検査を合格した力士と番付外に陥落した力士が参加し、5日目までに2勝すれば一番出世、8日目までに2勝すれば2番出世、それ以降に2勝ないしは1勝以下の力士は3番出世となるが、成績によって序ノ口に名前が載らないということは無い。
ボクシングであればプロテストが有り、これを合格しなければプロボクサーになることは出来ない。だが、大相撲の場合これに当たるものは無い。これもまた、大相撲である。
だから、朝8時の相撲を観ると実に様々な力士が居る。将来有望なエリート力士も居れば、大怪我から立ち直り、再起に向けて第一歩を踏み出した力士も居る。キャリアをスタートさせた新米力士も居れば、序ノ口や序二段で永く現役を続けている力士も居る。
幕下相撲は、様々な背景を持つ者が等しく超人を目指す場所だった。対してそれぞれがそれぞれの背景を持ち、それぞれの相撲を取る場所。それが朝8時の相撲なのである。
引退を勧告されながらも、それを固辞して現役を続行する力士の取組とはどのようなものか。強さという意味で言えば、上位の番付の相撲を見た方が面白いのは確かだ。究極の緊張感や生き死にを賭けた大一番が観たければ幕下を観た方が面白いことも確かだ。
だが、そういう力士だけが見せる相撲も有る。
朝8時の国技館は、熱心なファンか自由席を購入してその流れで見ている観客しか存在しない。11000人収容できる国技館で、この時間に観ているファンはせいぜい200人程度だ。それでも、彼らの観る目は確かだ。
良い相撲には大きな歓声が起きる。
期待の若手には、誰もが引き込まれている。
数は確かに少ない。
だが、その熱量はどんな大一番にも劣らない。
この観客達が一際大きな声を挙げるのが、実はそういう力士なのである。この地位に似つかわしくないほど齢を重ねた彼らは、朝8時の名物だ。一般ファンにも名前が浸透している力士も多い。好きなアイドルの名前を四股名に拝借した力士や、敗れ続ける様をとある有名馬に重ねられた力士も居る。
果たして、弱いというのは恥ずかしいことなのだろうか。大相撲の世界では、評価されるのは強さだけだ。強ければ番付が上がり、弱ければ番付が下がる。
当然彼らは最強を目指している訳でも、関取を目指している訳でもない。だが、目の前の相撲に勝利することに全力を注いでいる。それだけは事実だ。
勝ち負けという次元を超越した存在であることは確かだ。勝っても負けても彼らには声援が飛ぶ。だが彼らの相撲が大歓声を受けるのは、相撲に対して誠実だからだ。
現役最弱と言われるとある力士は、確かに勝率が4割にも満たない。最底辺の力士との対戦しか組まれないのに、同じような実力の力士としか対戦しないのに、半数以上敗れているのだから弱いのは間違いない。だが、彼は元々勝率が3割程度しか無かった力士だ。そして、デビュー直後に序ノ口で32連敗という記録を作った力士だ。
彼もまた、強さを求めて相撲道に精進している。そしてその努力は確かに実を結んでいる。その姿は、伝わるのである。
機会が有れば、チケットを入手しているのであれば、一度は全ての相撲をご覧頂きたい。横綱も大関も幕下も取らない相撲が、そこに有るのだから。
◆告知:40歳以下の相撲ファンが千秋楽に大相撲をテレビ観戦する会◆
9月25日に千秋楽を大人数でワイワイテレビ観戦する会をやってみようと思います。参加を希望される方はmakushitasumo@gmail.comまでご連絡下さい。
ただし、これまでとは少し趣向を変えて、「40歳以下」という縛りを設けてみたいと思います。同じくらいの世代で一緒に相撲を観る機会が無い、という声に応えるのか目的です。あと、千秋楽は盛り上がるのにチケットが入手しづらく、一人であたふたすることが多いことも理由の一つです。
東京近郊で、16時間から開催予定です。詳細は後程連絡します。普段よりもこぢんまりとした感じになると思われますので、お気軽にお声かけください。なお、人数次第で中止の可能性も有りますので、予めご了承ください。
それでは、お待ちしております。
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