稀勢の里よ、綱を取り戻せ。

これは、稀勢の里ではない。
逸ノ城に敗れた時に、そう思った。
これは、横綱ではない。
宝富士に敗れた時に、そう思った。
思えば私は、稀勢の里に過剰に何かを求めてきた。強大な大横綱に挑み、素晴らしい相撲を取り、彼の時代が訪れることを心待ちにしてきた。想像を超える素晴らしい勝利に心震えさせた翌日に、有り得ない失態を犯して落胆する。
落胆しながらも素晴らしい相撲があったからこそ、稀勢の里は稀勢の里だった。裏切られて、もう相撲は見るまいと思いながらも、それでも結局見てしまっている。そしてまた、裏切られている。そんなことの繰り返しだった。
だが、今思えばあの日々は楽しかった。
何故なら、そこには可能性があったからだ。
そして稀勢の里は遂に報われた。
初優勝。
そして、怪我を乗り越えての連覇。
あの二場所は、全てが最高だった。
あの頃が素晴らしかったからこそ、そして、そこに至るまでの物語があったからこそ、報われずとも稀勢の里には何かを期待してしまう。そう。それがたとえ絶望的な怪我を負ったとしても。
5月場所と7月場所。
私は稀勢の里に物語を求めた。
だが、それが出来ないことを知った。
9月場所を全休し、出場を選んだ九州場所で私は何かが変わることを望んだ。だが、その姿は変わり果てていた。
左が使えない。ならば休めばいい。休んで万全にすればいい。だが、その左が戻らない。何故左を使う相撲からのモデルチェンジをしないのに、休む決断をしないのか。出来ないのか。する勇気が無いのか。立場がそうさせるのか。
左が使えないなら、他を鍛えればいい。だが下半身は衰え、勝てる形に持ち込んでも安定しない。それどころか、左が使えても下半身が足を引っ張って勝ち切れない。鍛えられなかったのか。鍛える気がなかったのか。
こんな相撲に、一体誰がしてしまったのか。
それほど今の稀勢の里は、無惨だ。
稀勢の里が負ける。
有り得ない相撲で負ける。
横綱に昇進するまでの私は、そういう姿を目の当たりにするたびに仕事が手につかぬほどショックを受けてきた。幕下に目を向けて気分を紛らわせた。だが、考えるのは稀勢の里のひどい相撲のことばかりだった。
今は、違う。
連日のように稀勢の里は変わり果てた相撲で敗れている。このような相撲で敗れる姿に、私はもうショックを受けなくなっていた。
そのことが、ショックだった。
稀勢の里に期待するまいと予防線を張っていた頃はまだ幸せだった。報われる可能性が毎場所見られたのだ。15日の中で1日は想像を絶するような相撲を見せてくれたからだ。
だが、九州場所の稀勢の里には可能性を感じない。
そう。
光明が見出せないのだ。
横綱は孤独だ。
敗れてはならない。
そして、土俵外でも手本にならねばならない。
横綱は、強くなければならない。
強くない横綱など、必要ない。
だからこそ、横綱なのだ。
休む権利を持つ代わりに、出たら勝たねばならない。勝てないのであれば、休めば良いのだ。批判されることもあるが、それもまた勇気だ。
稀勢の里が横綱である限り、強くなければならない。横綱に勝つことは名誉でなければならない。金星を与え続けてはならない。
残念ながら、悔しいことだが、悲しいことだが、今の稀勢の里は横綱ではない。地位は横綱だが、横綱の務めを果たしているとは言い難い。
このような相撲を取り続けることは、横綱としてあってはならない。土俵に立ち続けることが横綱の責務であると考えているのであれば、考え直してほしい。今の酷い相撲を取り続けてでも土俵に上がることは、横綱の地位を汚すことに繋がってしまっているからだ。
土俵に上がること。
そして、成績を残すこと。
もうこの二つを両立することが出来ないことは、誰よりも分かっていると思う。一番不甲斐ないと感じているのは、他ならぬ稀勢の里自身だということもよく分かっている。それでも、土俵に上がり続けることは、並大抵のことではない。それも分かっている。だが、全てを加味しても、今の稀勢の里を横綱として許容できない。
本当は横綱には言うべきではないが、敢えて言いたい。
頑張れ、稀勢の里。
綱を、取り戻せ。
◆トークライブのお知らせ◆
12月2日18時より錦糸町丸井のすみだ産業会館でトークライブ「第4回幕内相撲の知ってるつもり⁉︎」を開催します。今回のテーマは「数字で振り返る、2017年の大相撲」です。今回は土曜日に行いますので、普段来られない皆様もふるってご参加ください。お待ちしております。
なお、参加ご希望の方は以下の予約サイトよりご登録下さい。
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稀勢の里よ、綱を取り戻せ。” に対して1件のコメントがあります。

  1. 負けた時に少しでいいからしゃべってほしい より:

    結局お互いが優勝の可能性を十分保ちつつ白鵬との直接対決を制した上で優勝するところを
    見ることができないまま終わってしまうんだろうか
    私はそれさえ見られればたとえ横綱になれなくてもいいと思っていたのだが

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