【吐合総括】人に負けるな。どんな仕事をしても勝て、 しかし、堂々とだ。

長くて短い15日が終わった。
祭りの後のような、心地良い疲れと
明日から何を楽しみにすればよいのか?
という寂しさを抱えるのはいつものことだが、
今場所は何時にも増して寂しい。
少しずつ名前を覚える、幕下力士達。
そして日を追うごとに内容が良くなる、幕下力士達。
幕下フリークとしては、
日々新しい知識が蓄積されることが
楽しみの一つではあるのだが、
今場所寂しい動機は、もう一つある。
そう。
言うまでも無く、吐合のことである。


苦労を重ねて遂に能力を開花させた吐合を
観るのは本当に感慨深かった。
先手を取り、相手に自分の形を出させる前に
勝負を決めてしまう取り口には
彼の相撲の到達点を見た。
モンゴル人や体格に勝る相手を苦手としていた吐合が
危なげなくモンゴル人の東龍や若手注目株の千代鳳を
沈めていく様子には驚きを通り越して、ただ感嘆した。
そして何よりも、素晴らしい気迫。
ガッツポーズを取るでもなく派手に叫ぶでもなく
気持ちが伝わる彼の相撲にふさわしい表現は
やはり「鬼気迫る」ということなのだろう。
その気持ちを動かすのはやはり、
これまでの苦労の日々であり、
そして取りたい相撲が取れている充実感なのである。
全てが上手くいっていた。
後は、7日目に勝利するだけだった。
しかし、それは叶わなかった。
吐合が真価を発揮したことが嬉しく
場所が終わってしまうことに対する寂さと、
遂に魔法が解けてしまったことに対する寂しさ。
何とかして彼の念願を叶えたかっただけに
無念の思いである。
だが、私は吐合が今のままでは十両では
苦戦を強いられることを知っている。
里山を圧倒できない吐合が
十両の猛者達を相手に勝利が先行させるのは
難しいことだと理解している。
吐合にとって相撲人生はまだ始まってはいない。
あくまでも十両入りしてからが、
本当の始まりなのである。
今の吐合が生まれたのだから
始まっていないことは大きな意味を持ったのだが、
しかし吐合の能力とこれまでの苦労は
十両昇進してこそ初めて意味を持つと私は思う。
考えてみると、十両では中盤までに負けが込んで
7敗の瀬戸際だった北播磨と徳真鵬が
千秋楽までに5連勝を飾り、勝ち越しを決めた。
そして、10日目に負傷して休場した北勝国は
13日目から強行出場して3連勝を飾り、幕下陥落を逃れた。
彼らが負け越していれば、今回の成績でも
吐合の十両昇進だったことは間違いなかったのだが、
結局吐合は来場所、幕下でもう一度勝負することが決定した。
この回り道にも、必ず大きな意味が有る。
十両に昇進した時に戦えるだけの成長をするための
準備期間なのだと私は思う。
映画「ロッキー」はフルラウンドを終えるまで
戦い続けることに大きな意味が有った。
何故なら、彼の敵はアポロではなく、
今まで負け犬人生を送り続けてきた
自分自身だったからである。
吐合は違う。
彼は確かに今までの自分自身に勝利した。
だが、その戦いは十両昇進するまでは
勝利したとは言えない。
それが、十両のために全てを投げ打って
戦い続ける力士の定めだからである。

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