続・魁皇コールに端を発する、観戦マナーの変容に思う。

1月28日のブログで、観戦マナーの
変容に対する私自身の見解について述べた。
「魁皇コールに端を発する、観戦マナーの変容に思う。」
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/nihiljapk/article/104
コールや手拍子、紙をワサワサする行為など、
これまでの相撲観戦には存在しなかった現象が
頻発していることに対して違和感を覚えたため
いわゆるこれまでの観方に戻すための案を出したわけである。
だが、それは私自身の考え方にすぎないため、
変容する観戦マナーに対する見解を
コメント欄で募り、どうあるべきかを考察した。
すると、一つの方向性が見えてきた。


分かってはいたことだったが、
マナーに関する見解は人それぞれだったのだ。
立ち合いの瞬間は静かにすれば、
それほど問題視しなくていいのでは?という声。
そもそも酔っ払いが缶ビール飲みながら観ているのだから
どう見ようともそれは自由ではないか?という声。
神事にふさわしい心構えで、
それ相応のマナーを持って観るべきでは?という声。
どの観方にも相応の筋道が有り、
何が正しいとは言い難い状態である。
しかし全員に言えることは
相撲の観方が変容しているということであり、
何らかの形で解決策を見出さねばならない、
ということである。
この場合で言うところの解決策とは、
つまりどう在るべきかというガイドラインを
相撲協会が定めるべきだということだ。
変容する価値観の中で、どう在るべきか
明確に示すものが居ないため、
最近示された新しい観戦方法について
是とするでもなく、非とするでもなかった。
そのため、非というジャッジが下されなかったため
結果的に受容されてしまった。
だからこそ、何は変えていいのか?
何は譲れないのか?
ということについて徹底して考える必要があるのだ。
日本文化としての側面を考慮すべきなのか?
多様なファンを受け入れることを優先すべきなのか?
力士の邪魔にならないということが最優先なのか?
選択によっては既存ファンが離れることも
大いに想定されるし、また新規ファンを呼び込むには
古臭すぎる価値観が残ってしまうことも想定される。
何を取ってもそこにはメリットとデメリットが存在する。
だが、グレイなままでは捨てておけないところまで
価値観の変容は来ている。
そして、我々もここに対してどう向き合えば良いか
混乱が続いている。
相撲協会としての改革は勿論進めなければならない。
だが時代の変化に応じて、相撲協会として
進むべき指針を示すことこそ、改革の前に
行うべきではなかろうか?

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