【データ検証】今の大関は、本当に弱くなったのか?

今の大関は弱くなった。
クンロク大関が多くなった。
昔はこうじゃなかった。
大関とはもっと強い存在だ。
オールドファンはこのような論調で
現在の相撲を批判することがある。
確かにギリギリのラインで
勝ち越しを賭ける大関は多い。
引退前の魁皇然り、現在の琴欧洲然り。
だが、考えてほしい。
昔の力士は本当にそこまで強かったのだろうか??


そこで私は戦後の大関のクンロク率を算出した。
ちなみに私の定義したクンロクとは、以下の通りである。
・9勝6敗以下の成績を残した場合は、
 クンロクとしてカウント。
・また、全休や途中休場で9勝6敗以下でも
 クンロクとしてカウントする。
そして、以下の計算を実施して
数が高いものをランキング化した。
(クンロク場所数)/(全大関在籍場所数)
算出した結果は、以下のとおりである。
四股名 活躍年度 在籍数 クンロク数 クンロク率
雅山 平成10年 8 8 1.00
大受 昭和40年 5 5 1.00
前乃山 昭和40年 10 10 1.00
増位山 昭和50年 7 6 0.86
朝潮 昭和60年 36 29 0.81
魁傑 昭和50年 9 7 0.78
旭國 昭和50年 21 16 0.76
武双山 平成10年 27 20 0.74
貴ノ花 昭和50年 50 35 0.70
北葉山 昭和30年 30 21 0.70
若羽黒 昭和30年 13 9 0.69
琴光喜 平成20年 17 11 0.65
琴ヶ濱 昭和30年 28 18 0.64
大麒麟 昭和40年 25 16 0.64
琴欧洲 平成20年 36 23 0.64
栃光 昭和30年 22 14 0.64
栃東 平成10年 30 19 0.63
魁皇 平成10年 65 40 0.62
千代大海 平成10年 65 40 0.62
清國 昭和40年 28 17 0.61
北天佑 昭和60年 44 26 0.59
若島津 昭和60年 28 16 0.57
日馬富士 平成20年 18 10 0.56
小錦 昭和60年 39 21 0.54
豊山 昭和40年 34 18 0.53
貴ノ浪 平成10年 37 19 0.51
琴奨菊 平成20年 2 1 0.50
出島 平成10年 12 6 0.50
霧島 昭和60年 16 7 0.44
琴風 昭和50年 22 9 0.41
把瑠都 平成20年 10 3 0.30
稀勢の里 平成20年 1 0 0.00
クンロク率100%が3人も居たことが衝撃的である。
しかもそのうち2名は、「昔の力士は~」と謳われた
昭和40年代が活躍の中心だったのだ。
大関は2ケタ勝つモノ、という定義で
語られていた(とされる?)この時代に
毎場所クンロク以下を繰り返していた彼等に対する
世間の風当たりはさぞかし強かったのだろうと
推測せざるを得ない。
そして活躍年度に関係無く、
大関というのは6割程度はクンロクであることがよく判る。
大関のノルマを2ケタとするのは仕方がないことだ。
何故なら、下位の力士に対して取りこぼしてはならないし、
大関同士ならば5割ラインの勝率が求められるからだ。
厳しい立場ではあるが、相撲界の顔として
大関という位置付けが存在する以上、
クンロクで終わってはいけないというのは
今も昔も変わらない。
だが、覚えておいてほしいのは、
このボーダーラインは我々が思った以上に
厳しいラインであり、
そしてそれは今も昔も変わらないということである。

【データ検証】今の大関は、本当に弱くなったのか?” に対して 8 件のコメントがあります

  1. 入間川サポーター より:

    はじめまして。いつも楽しく拝見しております。
    「横綱は高いレベル(全勝もしくは14勝)での優勝争いが求められる」
    「大関は千秋楽まで優勝争いに絡め」
    「関脇・小結も2ケタ勝たなければならない」
    などと、全員が同部屋でも無い限りすべてをかなえるのが不可能なことを平気で言う人が多いですよね。
    私に限らずですが、相撲ファンは単純に何勝何敗であるかというよりもいかに面白い、手に汗握る相撲であるかということに価値を見出すものだと思います。
    「記録より記憶」はすべてのプロスポーツに共通する格言かと思います。
    今後ともいいエントリー期待しております。

  2. ごうき より:

    このクンロク率、いいデータですね。
    昔の大関はもっとマシだったというオールドファンの主張が
    いかに信憑性がないかということも言えそうですね。
    意外に優績?だったのが琴風(現尾車親方)ですね。
    印象が薄いのは、千代の富士に全くと言っていい程「歯が立たなかったこと」や他の横綱戦にも圧倒されていたこと、あるいは優勝が1回のみだったからでしょう。その分、下位への取りこぼしが少なかった大関という評価になりそうですね。
    たとえクンロク率が5割超でも、横綱戦に3割以上勝てる大関なら魅了的です。
    歴代大関の対横綱戦の戦績なども照合してみたいですね。

  3. search より:

    折角ですので、こんな感じです。というご紹介を兼ねて、直近のH24.1の幕内力士偏差値を提示させていただきます。
    1 東大関1 把瑠都 74.80 14勝1敗 優
    2 東横綱1 白鵬 68.82 12勝3敗 準
    3 西大関3 稀勢の里 66.88 11勝4敗
    4 西大関2 日馬富士 66.83 11勝4敗
    5 東関脇1 鶴竜 64.74 10勝5敗 殊
    6 東大関2 琴欧洲 63.41 10勝5敗
    7 西前1 安美錦 61.57 9勝6敗
    8 西大関1 琴奨菊 58.19 8勝7敗
    9 西前10 臥牙丸 56.76 12勝3敗 準敢
    10 西前2 豪栄道 54.77 6勝9敗
    11 西前8 栃煌山 54.72 11勝4敗
    12 東前10 時天空 54.67 11勝4敗
    13 西前3 高安 53.59 6勝9敗
    14 東前5 妙義龍 52.11 9勝6敗 技
    15 東前9 栃ノ心 52.11 10勝5敗
    16 東前4 豊真将 51.91 7勝8敗
    17 西関脇1 豊ノ島 51.85 5勝10敗
    18 西小結1 若荒雄 51.85 5勝10敗
    19 西前4 栃乃若 51.50 8勝7敗
    20 西前6 旭天鵬 50.63 9勝6敗
    21 東前6 嘉風 50.22 9勝6敗
    22 東前1 豪風 49.45 4勝11敗
    23 東前2 隠岐の海 49.04 4勝11敗
    24 東前15 朝赤龍 47.97 9勝6敗
    25 東前13 千代の国 47.56 9勝5敗1休
    26 東前8 松鳳山 47.51 8勝7敗
    27 東前7 阿覧 47.05 8勝7敗
    28 東小結1 雅山 46.64 3勝12敗
    29 西前5 豊響 46.03 7勝8敗
    30 西前13 天鎧鵬 45.31 8勝7敗
    31 西前11 佐田の富士 45.26 8勝7敗
    32 東前3 北太樹 42.96 2勝13敗
    33 東前11 富士東 42.86 7勝8敗
    34 西前7 碧山 42.71 6勝9敗
    35 西前9 大道 41.33 6勝9敗
    36 東前14 隆の山 40.05 6勝9敗
    37 東前16 魁聖 36.67 5勝10敗
    38 西前16 鳰の湖 36.47 5勝10敗
    39 西前14 磋牙司 36.32 5勝10敗
    40 西前12 土佐豊 33.66 4勝11敗
    41 東前12 芳東 31.61 3勝12敗
    42 西前15 旭秀鵬 31.61 3勝12敗
    これは1場所のみの成績ですので、当然ながら、この場所で好成績を収めた力士というのが上位に来易いのですが、3場所平均値でみると以下のようになります。
    1位 白鵬 71.09 △0.27 (1位) ±0
    2位 把瑠都 68.26 △2.9 (4位) △2
    3位 稀勢の里 66.90 △0.7 (3位) ±0
    4位 琴奨菊 64.41 ▼-2.62 (2位) ▼-2
    5位 鶴竜 63.62 △0.06 (6位) △1
    6位 日馬富士 61.44 ▼-2.44 (5位) ▼-1
    7位 豊ノ島 57.75 ▼-3.33 (7位) ±0
    8位 豪栄道 56.22 △1.22 (10位) △2
    9位 琴欧洲55.52 △0.73 (11位) △2
    10位 隠岐の海 55.43 ▼-2.62 (8位) ▼-2
    11位 豊真将 55.38 ▼-1.5 (9位) ▼-2
    12位 安美錦 55.20 △6.44 (22位) △10
    13位 臥牙丸 53.46 △5.74 (23位) △10
    14位 栃乃若 53.03 △1.98 (18位) △4
    15位 旭天鵬 52.02 △2.97 (21位) △6
    16位 栃煌山 51.81 △0.76 (19位) △3
    17位 若荒雄 51.61 △0.25 (17位) ±0
    18位 栃ノ心 51.45 ▼-0.25 (15位) ▼-3
    19位 雅山 51.09 ▼-0.39 (16位) ▼-3
    20位 豪風 50.97 ▼-0.87 (13位) ▼-7
    21位 嘉風 50.41 ▼-2.01 (12位) ▼-9
    22位 北太樹 49.77 △0.07 (20位) ▼-2
    23位 高安 49.36 △1.84 (24位) △1
    24位 時天空 49.28 △2.54 (25位) △1
    25位 阿覧 49.26 ▼-2.45 (14位) ▼-11
    26位 豊響 46.33 △0.12 (27位) △1
    27位 大道 44.84 △0.65 (29位) △2
    28位 朝赤龍 44.57 △1.64 (31位) △3
    29位 富士東 44.08 ▼-2.25 (26位) ▼-3
    30位 磋牙司 40.06 ▼-3.06 (30位) ±0
    31位 魁聖 38.92 ▼-3.28 (32位) △1
    32位 妙義龍 34.70 △17.37 (40位) △8
    33位 松鳳山 32.81 △15.84 (41位) △8
    34位 碧山 32.06 △14.24 (39位) △5
    35位 佐田の富士 30.40 △15.09 (43位) △8
    36位 若の里 27.24 ▼-17.35 (28位) ▼-8
    37位 黒海 26.64 ±0 (36位) ▼-1
    38位 翔天狼 26.31 ▼-14.26 (33位) ▼-5
    39位 玉鷲 26.30 ▼-13.71 (34位) ▼-5
    40位 隆の山 25.65 △13.35 (47位) △7
    41位 木村山 25.62 ▼-14.02 (35位) ▼-6
    42位 芳東 22.89 △10.54 (45位) △3
    43位 土佐豊 22.57 ▼-0.77 (38位) ▼-5
    44位 千代の国 15.85 — (–位) —
    45位 天鎧鵬 15.10 — (–位) —
    46位 宝富士 13.02 ▼-11.53 (37位) ▼-9
    47位 寶智山 12.34 ±0 (46位) ▼-1
    48位 鳰の湖 12.16 — (–位) —
    49位 剣武 12.12 ±0 (48位) ▼-1
    50位 玉飛鳥 11.46 ±0 (49位) ▼-1
    51位 舛ノ山 10.65 ±0 (50位) ▼-1
    52位 旭秀鵬 10.54 — (–位) —
    上記は3場所平均ですのでH23.9~H24.1の数値となり、この3場所で1場所でも幕内にいればランクインされます。また平均値なので「3で割ってしまっている」ために、1場所だけ、2場所だけの力士は数値は低くなってしまいます。また、4場所前が大負けなどで数値が低く、直前場所がちょっと悪い、という程度だと、直近場所の成績が悪くても「上がる」ケースがあります。豪栄道なんかはその典型ですね。
    また、入幕2場所目、3場所目の力士は、大きく上がることになります。妙義龍、松鳳山あたりはその典型です。
    左から順位、しこ名、3場所平均偏差値、前場所終了時との差、前場所終了時順位、順位変動、となっております。
    ご参考までにどうぞ。

  4. search より:

    はじめまして。非常に関心の大きいテーマです。
    どうしても過去は美化されやすいため、定量的に歴代の大関の力量を測る、というのは「今の大関は本当にだらしないのか?」を過去の大関と比べる上で必要なことです。
    もちろん見る側がどう感じるかというのが一番大きいわけですが、特にこの「大関の力量」という点については、定性評価と定量評価の乖離が大きい部分と私自身感じております。
    このテーマは私も個人的にかなり分析しているのですが、現在の大関が弱いと感じさせる最大の要因は「横綱になれそうな大関がいない」という点だと分析しています。また、力量という意味では「過去の大関も今の大関も大差ない」という数値データも出ています。
    クンロクだけで評価する、というのはデータとしては少ないと言えますが、大関在位期間中の勝率、優勝回数、銀星配給率、中日までの平均勝利数、12日目までの平均勝利数など、数多のデータを持ってきても、全体で言えば大差ありません。
    また、大関全体、という指標として、場所ごとの「大関全員の勝ち越し点、1人当たりの勝ち越し点」というのをつけているのですが、これも大差なかったりします。
    それでも「今の大関はだらしなく」見えるのです。
    これはあまりにも平成以降「最高位横綱の大関が不在の期間が長く続くケースが多い」ことにあると思われます。昭和の時代も、数場所レベルではこのような場所もありますが、長期間にわたりというのがありません。あったとしても、その時代に「強い大関」がいたりします。例えば、サンパチ・サンナナあたりが上位に上がってきた頃、北天佑、若島津、朝潮、琴風、なんていう時代もありますが、若島津は昭和60年頃までは「最強大関」ですし、琴風も元大関としての大関での成績は戦後でもトップレベルです。そういう大関がいたのです。
    しかし、現在は「並みの大関」が揃ってしまっている。
    大関全体のデータと、その時代時代での大関個々のデータを並べてみると、なかなか面白いものが見えてこようかと思います。

  5. Nihiljapk より:

    >入間川サポーターさん
    コメントありがとうございます!
    私達、というよりファンや解説者の声を
    代弁したとされる意見については
    実力以上に多くのモノを大関や関脇、横綱に対して
    求めているということがこの結果からもよく判りました。
    この観点が有る状態と無い状態とでは
    見る目が相当違うと思います。
    我ながら面白い発見だったと思います。

  6. Nihiljapk より:

    >ごうきさん
    コメントありがとうございます!
    印象で語っていると、過去を如何に客観的に
    見られていないか、ということがわかります。
    記録よりも記憶というのは
    記録を残せない者の言い訳というのが
    私の持論ではあるのですが、
    強敵を相手に結果を残せるというのは
    大関にしかできないことだと思いますので、
    それも一つの有り方だと思いました。

  7. Nihiljapk より:

    >searchさん
    コメントありがとうございます!
    私も思いつきでこのクンロク率を調査したのですが、
    それ以上に数値化して調査されているということで驚きました。
    大関全員の勝ち越し点なんていうのもいいですね。
    最強大関の不在は確かに考えるところが有ります。
    物心付いた時には憎らしいほど強い大関として旭富士が居ましたし、
    大関と言うには強すぎる武蔵丸や魁皇なんていうのも
    その部類に入ると思います。
    個人的には遂にバルトがその領域に
    足を踏み入れたのではないか?と思っています。
    綱取りは成らないかもしれませんが、
    バルトの成長が白鵬独裁政権をストップし、
    それはすなわち白鵬の健康状態が安定しないことを意味します。
    決して白鵬にケガをしてほしいとは微塵も考えていませんが、
    ケガをさせるほど激しい相撲を取るライバルが出てくると
    相撲界のパワーバランスが劇的に変化します。
    朝青龍独裁政権が白鵬によって打開され、
    次第に朝青龍の休場が増えたことは偶然ではないと思います。
    いい素質を持った力士が数多くいて、
    しかも今一つ殻を破れずにいる。
    だがそれが変わりつつあるということを
    これから楽しみにしていきたいと思います。

  8. search より:

    レスポンスありがとうございます。
    私が独自につけている「幕内力士ポイント」というのがあります。
    簡単に説明すると、勝利するとプラスポイント、負けるとマイナスポイントが、対戦相手の地位に応じてつき、そのポイントを偏差値化したものというのを毎場所算出しています。またボーナスポイントとして優勝、決定戦進出、優勝者に勝利、1敗の優勝者に勝利なども勘案されています。(悪しからずですが、今のところこのポイントの算出方法を公開する気はありません。そのくらい私にとっては「精魂込めて」作り上げた指標です)
    これは昭和33年の年6場所制になって以降、全ての場所のデータを出しているのですが、私自身、手前味噌ながら、「かなり使える数字」として私自身が各所にコメントする際などに指標として使っています。
    目安としてですが、「横綱昇進時で70、横綱在位中は67以上」、「大関昇進時は65、大関在位中は60以上」これが目安かな、と思っています。
    この数値で、大関の平均を年別で出してみると
    S33 62.11
    S34 61.46
    S35 57.99
    S36 60.27
    S37 58.50
    S38 61.70
    S39 62.79
    S40 58.13
    S41 58.83
    S42 59.01
    S43 62.18
    S44 63.26
    S45 61.65
    S46 59.90
    S47 58.94
    S48 57.19
    S49 57.93
    S50 59.63
    S51 58.49
    S52 59.79
    S53 60.61
    S54 61.07
    S55 55.55
    S56 62.84
    S57 64.06
    S58 63.84
    S59 65.07
    S60 61.70
    S61 62.13
    S62 61.13
    S63 60.57
    H1 61.56
    H2 64.33
    H3 64.61
    H4 59.38
    H5 62.09
    H6 67.72
    H7 64.30
    H8 64.22
    H9 63.48
    H10 64.05
    H11 58.39
    H12 58.95
    H13 56.34
    H14 60.90
    H15 59.03
    H16 58.33
    H17 58.97
    H18 60.29
    H19 60.22
    H20 58.30
    H21 60.11
    H22 59.81
    H23 60.43
    H24 66.02
    となっています。歴代の大関全員の平均が60.79になるので、62程度の数字が出ていれば、かなり健闘しているといえるかと思います。H24は1月場所しかデータがなく、しかも大関の優勝でしたので66.02となっていますが、これが「いかに高い数字か」というのも読み取れようかと思います。
    H22が59.81、H23が60.43ですから、平均よりはやや劣るわけですが、それでも昭和40年代後半から50年代前半に比べると、かなり良い数字です。実際、この時代は輪湖時代真っ盛り。大関と横綱の力量差も大きかったのでしょう。大関は貴ノ花、三重ノ海、旭國、魁傑あたりです。三重ノ海は横綱になったとはいえ、大関で陥落もあり、大関在位も長い力士でしたし、旭國は優勝無し、魁傑も大関としては優勝していませんし。この時代で強かった大関は若三杉くらいですが、若三杉は大関を一気に駆け抜けましたから、大関の数字を上げるには至らなかったとも言えるのかと思います。また逆に、平成6年が傑出していますが、この年は大関が若貴貴ノ浪武蔵丸。そりゃあがるわ。と。また横綱不在期の平成4年の数字が低く、いかに「大相撲戦国時代だったか」というのも見て取れようかと思います。また小錦・霧島に横綱になれるだけの力もなかった、というのもここから伺えようかとも思います。
    やはり、更に上に上がれる大関がいるかいないか、というのは大きいように思います。

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