3大関休場の是非に思う。
幕内十両全員出場で始まった9月場所。
上位陣も比較的安泰という滑り出しであったが、
把瑠都・琴奨菊が同日に休場したかと思えば
今度は琴欧洲までも休場してしまった。
3大関が序盤に休場というのは確かに異常事態である。
2001年秋場所(魁皇、千代大海、雅山)以来の
出来事であるという。
北の湖理事長もこの異常事態に対して
「大関常に土俵に立ち続けるという気持ちが必要。
もっと自覚を持ってほしい」
というコメントを残したそうである。
確かにファン目線から言うと、
相撲界の顔たる大関が序盤から半分も居なくなっては
観たいものが観られないというガッカリ感が
有ることは事実だ。
大関ともなると常に勝ちを期待され、
自身の持ち味を発揮することで観客の観たいものを
提供するのが務めである。
少なくともこのような目線を受けているのが
大関という立場なのだが、実像はかなり異なる。
大関を最高位で終えた力士の
大関在籍時の1場所平均の成績というのは
クンロク程度というのは以前データで提示したとおりである。
「【データ検証】大関に求められる成績とは?」
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/nihiljapk/article/120
そもそも我々は実像とは異なる過大な期待を強いているのが
大関という地位であり、それが満たされないと
批判を甘んじて受けざるを得ないのが実情なのだ。
しかし、大関というのはいつの時代も実力以上の
期待を抱かれているのには理由が有る。
そう。
潜在能力は誰もが認めるところだからである。
クンロク化するまでの大関、
大関昇進するときの印象というのは
誰であっても鮮烈である。
飛ぶ鳥を落とす勢いで、
1場所平均11勝を重ねるのは容易なことではない。
大関を喰い、ときには横綱を喰う。
しかも、それは平幕がたまたま勝つのとは異なり、
力でねじ伏せるのである。
このような力士が大関になれば、当然
ゆくゆくは横綱になることを期待する。
明るい未来を考えずには居られないのだ。
だが、実際そうはうまくいかない。
殆どの場合、その理由は怪我である。
そして、飛ぶ鳥を落とす勢いは止まり、
体調が良い時は好成績、怪我の状態が悪い時は
クンロクという、よく居る大関化していくのだ。
この怪我というのが厄介で、
今回の3大関もまたその犠牲になってしまったわけだが、
果たして北の湖理事長が言ったように
彼等には自覚が足りなかったのだろうか?
私はそうは思わない。
自覚が有れば防止できるというのであれば誰もが自覚する。
そしてそれは休場するたびに散々言われていることは
容易に想像が付く。
だがそれでも怪我をしてしまう。
そう。
自覚だけでは防げないのである。
怪我がこれほど続く理由は、
力士の大型化や
八百長相撲の排除、
多国籍力士による相撲のバリエーションの増加
などが一般的に言われているが、
私個人の意見として一つだけ付け加えておきたいことが有る。
実力者同士の対戦の増加、である。
例えば平幕との対決であれば、
大関は一方的な形で勝利することになる。
小結関脇が相手でも基本的にはこの構図である。
横綱が相手だと、前述の通り勝率は平均24%であるため、
逆に横綱の形で一方的に終わることが多い。
つまり、大関が激しい相撲を取る相手というのは
大関だけなのである。
激しい相撲を取れば、土俵際の攻防や
立ち合いなど勝負で大事な局面は当然シビアになる。
すると身体に無理な態勢であったり
予想だにしない態勢になることも増える。
定石ではない取り口を重ねれば、
それだけ壊れる確率も増加する。
そして、危ない橋を渡れば落ちることも有る。
ちなみに白鵬の休場が少ないのは、
大関昇進した後で比較的早く横綱昇進した上で
当時横綱として君臨していた朝青龍が
早々に引退してしまったが為に
彼に致命的な怪我を負わせるだけの実力を
備えた力士が居ないためであると分析している。
単独横綱が長期政権に成るのは、
こういう理由ではないかと思うのである。
大関の休場が多いのは大変残念なのだが、
これもまた6大関体制の負の側面として
私は理解しようと思う。
それは実力者同士の真剣勝負の結果なのであり、
怪我も含めて相撲と言えるのだから。
力士の大型化
八百長相撲の排除
多国籍力士による相撲のバリエーションの増加
実力者同士の対戦の増加
…
上に加えて
真剣勝負にはアクシデントがつきもの
稽古不足の超肥満力士はとくに受身が下手
ただし、「大関同士の対戦」「ダメ押し」は無関係だと思いますが、具体例はありますか?
あと、千代の富士を例にあげられても説得力はないでしょう。なんせ彼は「予定調和」の力士ですから。
現在健在の日馬富士、稀勢の里には、早いところケガ地獄の大関を抜け出して横綱になって欲しいものですね。
この二人は、今のところ目立った大きなケガは無いですよね。
個人的には大関同士の対戦になると怪我が増えるという印象がありません。ぎゃくに大関同士の対戦は怪我をしにくいという印象すらあります。(今場所の3人にしても大関同士の対戦で怪我をしたわけではありませんし。)そのあたりデータ的にはどうなんでしょう?
非常に興味深く読ませていただきました。休場は「自覚が足りない」といった、あいまいかつ単に主観的な根拠による非難が多く見られる中で、客観的分析的に見ておられる本記事は非常に面白く、わかりやすいです。「けが」で思い出すのは、ずいぶん昔にきいた話です。行司が「勝負あり」と告げると、力士は瞬時に力を抜くのが、礼儀のみならず暗黙のルールということでした。なぜなら土俵際で合計300キロの力士が全力で相手を負かそうとしたら猛烈な勢いで土俵下に落下して自身や相手、お客さままで怪我をさせてしまう危険性があるからです。死に体の相手をできるだけかばう習慣のありました。たとえば千代の富士の土俵などを見ると、前みつを取って一気に寄り切ったその瞬間、同じ前みつを全力で引っ張って相手が転落するのを防ぐ場面があります。正反対の例が朝青竜でした。とっくに土俵の外に出ている相手をさらに突き飛ばすことが常でした。よく言われた「ダメ押し」ですが、これは、失礼だなどとという礼儀のレベルではなく、野球のビーンボールと同じように危険行為です。朝青竜ほど極端でないにしても、現代の力士は土俵の外でも内と同じように力を入れ続けるケースが多い。力士同士が無用な怪我を防ぐ意識を持てば休場も減るでしょう。それもまた力士が習得すべき技能の一部であり、北の湖理事長やマスコミが強く注意すべきことではないでしょうか。休場力士を責めることではなく、その原因になる怪我がどうして起こるか突き止め、改善に努力する、それが仕事というものでしょう。「自覚」などという、あいまいな言い方では誰も納得しません。立場を忘れたまことに無責任な発言であり、人の上に立つ者にふさわしい物の言い方を習得してほしいと思います。北の湖さんはご自身大横綱で、先だって亡くなった日本を代表する音楽評論家吉田秀和先生も大ファンでした。みんな期待しているのですから頑張ってほしいと思っております。
なのさん
コメントありがとうございます。
怪我の無いうちにたしかな実力を付けて、
もう1段階上の力士になってもらいたいものですね。
それが出来る二人だとおもうので。
Blue さん
コメントありがとうございます。
古くは北尾に壊された小錦、
最近なら琴欧州が該当するのではないかとおもいます。
データ、面白そうですね。
やってみますかね。
3大関の休場ということでファンもがっかりだと思うでしょうが、この大関たちは歴代の大関の成績からすると休場は少ないほうです。(一番多いのは琴欧洲の35休)それなのにメディアは「大関がふがいない」と批判し、それをファンが真に受けてしまうというのが現在の相撲の見方になってきているのではないかと思いました。ファンは情報の取捨選択、そしてメディアは一方的に批判するのではなく色々な視点から検証していくことが大事だと改めて感じました。
>古くは北尾に壊された小錦、
小錦はこのときは関脇だったので、大関同士の対戦とは言えないのでは。
>最近なら琴欧州が該当するのではないか
琴欧洲が大関同士の対戦で怪我をしたことってあります?
五月場所に千秋楽を休んで怒られたときは
十四日目の対戦相手は平幕の旭天鵬ですし。
kenさん
コメントありがとうございます。
勝負が決まった後のだめ押しはよくいわれていますね。
そもそも決まった後は抜くのが一つの在り方なのに、
それをやらない。
モンゴル相撲の影響だと聞いていますが、
互いのためにもこういうものこそ徹底してほしいものです。
健吾さん
コメントありがとうございます。
大関同士の対決って、語弊がありましたね。
実力が拮抗した者同士の対決ということです。
例は前のコメントをご参照下さい。
シリコンさん
コメントありがとうございます。
客観的な論証無しの批判ありきで記事を作るのは最近の
相撲報道の悪い点です。
叩く要素を見つけて、とにかく叩くのは非生産的だと思うのです。