隆の山に突き付けられた、変則力士として乗り越えなければならない試練とは?
十両力士 隆の山。
100キロにも満たない体で、自分よりも
最低20キロ以上上の力士と日々対峙している。
以前も紹介したとおり、隆の山の取り口というのは
小兵力士にありがちな「小よく大を制す」的なそれではない。
そう。
スポーツエリートである彼は、スピードとパワーで
大型力士達を牛耳るのである。
彼の場合はレスリングをベースとしており、
いわゆる普通の相撲と思って見ていると
想定の範囲を遥かに超えるスタイルであるため
誰もが衝撃を受ける。
体格で驚き、そしてアスリート的素養の高さで
圧倒するその取り口で驚く。
だが、そんな彼が苦しんでいる。
10日を終えて、4勝6敗。
十両8枚目での成績なので、即座に幕下行き
というほどの問題ではない。
あくまでも数字上は、である。
変則相撲というのは、相手が変則的に来るからこそ
対策としてそれに対応するための策として
相手の取りたい相撲を取らせなくするものである。
例えば変化の多い皇風が相手であれば
立ち合いを鋭く出ずに一旦待ち、
そこから突き押しに転じたり捕まえに掛かる。
相手の手に呑まれないよう、変則に対応するための
準備をすることで変則を無力化する。
だが、それは自分の形を変えることを意味する。
立ち合いの変化に備えるならば、
立ち合いは甘くなる。
つまり、変則力士にとっては立ち合いに
付け入る隙が生まれる。
変化という選択肢を刷り込むことによって
相手は様々な可能性に備えた戦いを強いられる。
可能性に縛られた結果、出来ることの幅は狭まり、
攻撃の手段は限定される。
それが、彼らの手なのである。
隆の山に関して言えば何よりも問題なのが、
彼の変則スタイルに十両力士達が対応しつつある、
ということである。
隆の山との対戦成績が良い力士に
「何故合口が良いのか?」という質問を投げかけたところ
返ってきた答えが実に興味深い。
「特別なことは、何もしていないです。
自分の相撲を取っているだけです。」
変化に備える、というところからして
そもそもボタンの掛け違いが発生している、
という考え方である。
相手の土俵に立つのではなく、自分の土俵に引きずり込む。
逆転の発想ということだろう。
これは彼が行きついた結論であり、
変則の対策を取らないことが正解ではない。
スタイルが違えば、対策も異なるだろう。
だが一つ言えるのは、隆の山はこのように
対戦相手に研究され、対応する策を
ある程度講じられてきているということである。
野球の世界には2年目のジンクスという言葉が有る。
2年目になると結果が出ないことを
ジンクスという言葉で言い表しているのだが、
大抵の場合はジンクスというオカルト的な要因ではなく、
単に相手が慣れたことに起因してのことである。
つまり、隆の山も遅れてきた
「二年目のジンクス」なのである。
ジンクスをジンクスとしないためも、
この試練にどう立ち向かうか。
隆の山の今後が見ものである。