蒼国来の復帰は、何がゴールなのか。

蒼国来が復帰する。
裁判の結果の是非や八百長相撲に関する
見解については今回のトピックではないので、
これについて興味が有る方は他のニュースサイトを
ご参照いただきたい。
今回の復帰については、相撲史に残る
異例中の異例の事態である。
というのもご存知の通り、蒼国来は
幕内力士として復帰するのだ。
2年のブランクが有る力士が、
いきなり迎える舞台が幕内。
そもそも実戦勘は戻るのか?
体は出来ているのか?
そして何よりも、戦うメンタルは有るのか?


「闘うことを止めた時、人は老いるのだ」。
誰かがこう言っていたが、蒼国来はどうなのか。
確かに彼は2年間、土俵での闘いを止めていた。
そしてその土俵を、法廷に移していた。
八百長疑惑を持たれた力士達は引退勧告を受け、
そして土俵を去った。
蒼国来と、星風を除いて。
相撲から足を洗って、就職するなり商売を始めた方が、
今後の人生には良かったのかもしれない。
事実、そういう損得勘定から引退を決意した力士は
大半なのだろう。
裁判には金も掛かる。
勝てる保証などどこにも無い。
20代の大事な時間を負ける裁判に費やし、
また裁判に敗れたのだとすれば
「八百長力士」のレッテルは更に強固なものになるだろう。
それが協会の筋書きだったのかもしれない。
だが、蒼国来はこうしたリスクを甘んじて受け入れ、
八百長力士のレッテルを張られながらも
自らの無実の証明だけのために2年間を生きた。
そして、蒼国来の土俵復帰が決定した。
私は今まで、これほど相撲に対してハングリーな力士を
見たことが無い。
幕下力士達も自らの存在証明のために、
そして只の人から超人に成るために
無給の身で明日無き戦いを続けているが、
蒼国来はレベルが違う。
八百長疑惑というのは、相撲界を取り巻く
暗部であることは間違いない。
この話を美談というだけで終わらせてはいけない
ということは相撲ファンも、そうでない人も
誰もが分かっている。
だが、土俵への復帰をここまで渇望し、
そして叶えた男の生き様を見届けることは
絶対に損は無い。
これからの蒼国来の土俵での闘いは、
彼の生き様が投影される。
誰もがそのことを知っている。
期せずして誰もが経緯を知り、
世の注目を集めることになった蒼国来。
だが、これがゴールではない。
あれほど復帰を望んだ土俵で結果が出なければ、
何のための法廷闘争だったというのか。
結局復帰してもしなくても変わらなかった、
という言葉を浴びせられるのだ。
それが蒼国来の望んだ結末なのだろうか?
私はそうは思わない。
この話がハッピーエンドを迎えるには、
蒼国来が土俵で結果を残すしかない。
これは間違いないことである。

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