デーモン閣下が相撲界で影響力を持っていることの問題点とは?前編

以前当ブログでこのような文章を書いたことが有った。
◆素人が発信することの重要性とは?
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/nihiljapk/article/100
要約すると、相撲については意見を発信する人が大変少ないため、
多様な見方をするにはもっとファン目線で語る人が必要だ、
という内容なのだが、1年前の記事にもかかわらず
今でもその状況は変わらない。
結果について見解を述べるのは、
元力士か、新聞記者か、もしくは週刊誌の記者か。
元力士の見解は技術論がベースに有るため、
土俵上の結果を分析する上で合点のいく説明を
してもらえることも有るのだが、
元力士故の問題も有る。
そう。
精神論に帰結しやすいのである。


力士として受けてきた指導の影響によるものだと思うのだが
元力士の解説の行き着く先は
・稽古が足りない
・工夫が足りない
・心が弱い
という3点なのだ。
確かにこうした要因による不振や成長というのも
有るとは思う。
だが、技術論であったり力士のバックグラウンドなど
勝因や敗因についてはもっと多様な分析が
出来る筈なのである。
事実、別のスポーツに於いては上記3点以外の
論点による議論が為されている。
つまり、元力士だけでは足りないのである。
そうなると、期待されるのは新聞記者などが
新しい観点を持ち込んで、納得感の有る主張を
するべきなのだが、そうもいかない。
新聞記者は肩書があるために踏み入った分析をするには
リスクが有り過ぎるしのである。
かと言って自由な言論が許されている週刊誌の記者は、
週刊誌という性格上本質的な議論というよりも
感情論の捌け口としての役割が求められているため、
煽情的な文体で二元論をするに留まってしまう。
こうして立ち入った議論や考察が為されない状態で
取組や本場所が終了する。
結果として、我々相撲ファンは論拠の無い状態で
印象や感情的な部分に頼りながら自らの見解を持つことになる。
そして「大関は昔と比べるとだらしなくなった」に
代表されるような、事実とはかけ離れた
認識を持つに至ってしまうのである。
そんな中で、相撲ファンの一服の清涼剤になっているのが
デーモン閣下の存在なのだ。
閣下の相撲に対する知識の深さに加えてその熱すぎる相撲愛、
そして極めて頭の回転が速いことから
誰にでも分かる形で相撲の魅力や技術論を説明できるのである。
◆デーモン閣下の相撲話の魅力とは?
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/nihiljapk/article/91
素人ゆえの視点が基軸になっていることも相成り、
彼の話は素人が共感しやすい。
何よりも素人が普段感じていること、普段誰も語っていないことを
話してくれるので、新聞誌上で晴れないモヤモヤを
閣下が晴らしてくれる。
これは非常に素晴らしいことである。
私自身デーモン閣下ならびに聖飢魔Ⅱを中学時代から聴いて育ち、
カラオケでは「地獄の皇太子」を必ず唄うような人間なので
ただでさえデーモン閣下が出てきただけで嬉しいのに、
相撲に関する欲求不満まで解消してくれるのだ。
だが実は、デーモン閣下の発言が影響力を持っているということ自体
大きな問題なのである。
続く。

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