相撲部屋の稽古に一度だけ行ったが、不運にも見られなかった私が再度稽古に行ってみた part6 北播磨編(最終回)

大砂嵐が底知れぬ可能性と
明確な課題を見せるのと時同じくして
北の湖部屋の関取3人も、稽古をこなしていた。
部屋頭の北太樹。
十両の鳰の湖と、北播磨。
北太樹は四つになればこの中では突出している。
気が付くと有利な態勢を作り、
土俵際に追い込み、勝負を決する。
鳰の湖も得意の突き押しを武器に
先手を取れば簡単には負けない。
そして北播磨なのだが、彼の場合は
どうも上手くいかない。


細い体だが、鋭い立ち合いと回転の速い突き押しで
自分よりも体格面で上回る相手を後退させ、
一気に勝負を決める。
体格に劣るが、闘志をむき出しにして
軍鶏の喧嘩のようなスタイルで明日無き戦いを挑むのだから
分かりやすいことこの上ない。
ちなみに私の母は、北播磨のファンである。
だが、今日は先手を取れないらしく
北太樹にはあっさり捕まる。
北播磨よりもさらに小さい鳰の湖には
同じ突き押し相撲で持っていかれてしまう。
弱点を露呈した大砂嵐にさえも、思ったように
勝ち星を伸ばせない。
「聖也!しっかりしろ!!」
親方からも声が上がる。
敗れる度に顔から悔しさを滲ませ、
額を柱にゴンッ、ゴンッとぶつける。
そして前の取組が終わると、誰よりも早く手を挙げる。
しかし、結果は芳しくない。
大砂嵐や遠州洋の場合は、ある意味恵まれている。
何故なら、彼らには明確な課題が有り、
これを克服すれば次のレベルに成れるのだ。
大砂嵐は、腰高の矯正。
遠州洋は、直線的な立ち合い。
だが北播磨には、それが無い。
つまり、彼は既にスタイルが確立されており、
また弱点も克服して現在に至っている。
小さな身体を最大限に活かした突き押し相撲。
鋭い立ち合いを突き詰めて、
十両でも勝負になる相撲を取っている。
しかし、この相撲では、そしてこの体型では
幕内に上がることは有っても、三役への昇進は期待できない。
むしろ、本来はもっと下位で取るべき力士である。
それが努力でここまでのし上がってきたのだ。
あまりに愚直で、あまりに誠実な相撲。
何故この人は、このような相撲が取れるのだろうか?
私はそんな疑問を抱いた。
答えは、実に身近なところに有った。
吐合は、立ち合いで絶対に逃げない。
大露羅は、ロシア人力士が大麻で追放される中、
相撲を取り続けている。
そして一心龍は、常識をわきまえた好人物だった。
つまり、これは北の湖部屋のカラーなのだ。
彼らは力士である以前に、社会人なのである。
北の湖部屋では、相撲を通じて人を育てているのだ。
故に、逃げない。
故に、人の道を外さない。
故に、人間として着実に成長する。
野球賭博や可愛がりの問題で
相撲そのものの品位が問われる中、
このような相撲部屋が有る。
私は、そのことが嬉しかった。
私が吐合に対して感情移入できる理由も、
稽古を見ることによって理解できた。
相撲内容から、ボンヤリとそうではないか?
と感じていたことについて、確信を持った瞬間だった。
全員で四股を踏む中、笑っていた大露羅が
腕立て500回を命じられることが微笑ましく思えるほど
北の湖部屋は、素晴らしい部屋だと感じた。
他の部屋は、どうなのだろうか。
また別のカラーが有るのだろうか?
どうやら私は、稽古見学をやめられそうにも無い。
新たな玩具を与えてもらった子供の頃のように
私は無邪気にそう思った。
-この章おわり-
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