おらの仁義なき戦い。今場所の幕下上位が史上稀に見る激戦である理由。その1.明瀬山編。

幕下が面白い。
力は足りないが、あともう少しで超人に成れる。
精神的には足りないが、向上心は人一倍有る。
力量は足りないが、周囲の応援が埋めるそんな存在。
それを人は「アイドル」と評するのだが、
私が幕下を面白いと感じるのは、つまりそういう理由である。
乗り越えていく強さ。
そして乗り越えられない弱さ。
どちらを取っても人間であり、力士なのだ。
だから私は幕下に惹かれる。
さて、そんな幕下なのだが、今場所はいつもに増して
熱くならざるを得ない状況なのだ。


番付発表で驚いた人も多かったかもしれないが、
今場所は十両への昇進が非常に多かった。
つまり、同じ数だけ幕下への降格が居たのである。
磋牙司。
明瀬山。
希善龍。
北磻磨。
木村山。
この錚々たる顔触れが、捲土重来を期して
幕下力士達に牙を剥く。
月に100万円貰っていた者が年に100万円に
自らの価値を落とし、そして様々な特権も剥奪される。
これは想像だが、周囲の態度も大きく変わってしまう。
プライドはズタズタに成る。
そして思うはずだ。
自分が強くなればこんな思いをしなくても良いのだ、と。
挫折を経験した者にしか出せない強さ。
彼らには闘う強烈な動機が有る。
そもそも十両でも取っていたほど、彼らには
確固たる強さが有る。
そんな力士に動機という意志の力が芽生えた時、
相撲の質は大きく変わるのは間違いない。
既に明瀬山は自らの弱さに向き合い、
独特の半身からの立ち合いをオーソドックスに
変更している。
私は先場所途中からの異変に対して
果たしていつまで持つかと目していたが、
今場所も継続しており、そして2勝1敗とここまで
順調に星を伸ばしている。
狡さとセンスで勝つスタイルから、
スピードとテクニックと気迫で勝つスタイルへの転換。
彼は危機的状況が動機となって
遂に変わったのである。
学生相撲出身の彼にとって、
最大の特徴はテクニックだった。
だが、狡さに依存するためにギミックに頼ってしまう。
言葉を選ばずに言ってしまうと、
だらしない勝ち方をしてしまっていたのだ。
立ち合いで相手を出し抜き、
体格の大きさで相手の攻めを無力化する。
持つものが持たざる者に対して勝つ。
だがそれは、貯金で勝っているに過ぎない。
だからこそ、彼はこのようなスタイルが
通用する番付までしか上がれなかった。
それは、周囲も親方も、そして誰よりも
本人が一番自覚していたことであろう。
とはいえ、結果は出ている。
十両でもある程度やれている。
もし、幕下で頭打ちになっているのだとしたら
改善しなくてはならない。
結果が出ている時に、人は危機意識を持ちにくい。
「失敗しているにもかかわらず、結果が出ている。」
そういう目で自分を見ることは少ないし、
思っていても現実から目を背けたくなる。
だが、彼は幕下に落ちることによって遂に
そういう自分に向き合わざるを得ない状況になった。
立ち合いを変え、狡さで勝つのではなく
オーソドックスに勝つ。
勇気ある決断だ。
しかし、彼の場合はその勇気が伝わりにくい。
パン生地のような体型とふてぶてしい風貌ゆえに、
冷笑の対象に成ってしまう。
ご当地ですら声援が掛かりにくいのは、ひとえに
彼の本質的な人間性や相撲の面白さではない部分が
見た目で判断されてしまうからである。
幕下に落ちるということは、自らに向き合う機会を得るということ。
そのような力士が5人も居る。
5人には5人のストーリーが有るのだ。
熱い。
熱い話ではないか。
私は今回明瀬山について語ったが、
5人全員に負けられない理由が有り、血のにじむような
努力の結果を土俵上で出そうとしている。
それが今回の幕下の熱さの一因なのである。
だが、今場所の幕下が熱い理由はそれだけではない。
続く。

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