稀勢の里と白鵬の一番で見られた万歳。これからの大相撲の応援とは、どうあるべきなのだろうか?

14日目。
稀勢の里と白鵬の一番。
田町で17時頃まで研修だった私は、
丁度山手線の中で彼らの仕切りを観て、
新宿駅の構内で更新が途絶えるUstream配信に
業を煮やしながら釘付けになっていた。
塩を撒いた後で映像が止まり、
早くしろ!とイライラしていたその後、
土俵際の二人は投げの打ち合いをしていた。
そして、稀勢の里の二枚腰が出て、白鵬に勝利していた。
後で観ると、この相撲というのは
お互いが自らの持ち味を発揮することだけを考え、
真っ向勝負を挑んだ末の、見事な内容だった。
だが、この取組で一つ非常に気がかりなことが有った。
そう。
万歳である。


取組の後で生じた、万歳。
Ustreamで絶え絶えに見ていた私には
状況を把握することが出来なかった。
しかし同時に見ていたTwitterではこの素晴らしい取組について、
というより後半は万歳に対する批判がタイムラインに並んだ。
素晴らしい取組のことを忘れて怒りばかりが先行することに対して
残念に思いながら、あまりにもその話題しか出てこないことに
私は非常に腹立たしい思いだった。
最近、この手の話題が非常に多く出る。
応援に対する批判。
手拍子。
コール。
力士の名前を書いた紙。
向こう正面に毎日居るあの方。
座布団投げ。
そして、万歳。
これらについては、起こる度に批判の声が上がる。
結局これらは従来の応援と何が違うのか。
確かに苛立つことも有るのは事実である。
ヒントは、万歳の受け止められ方だと私は思う。
万歳への批判として、白鵬に失礼だ、という言葉がかなり多く見られた。
結局これなのだと私は思う。
この万歳というのは、稀勢の里が勝って万歳、ということなのであって、
それ以上でもそれ以下でもないはずなのだが、
武道というフィルターを通すと、相手に対するリスペクトが求められる。
相手が居て、初めて勝負が成立する。
故に、相手の存在に対して感謝しなくてはならない。
だからこそ、武道は礼に始まり、礼に終わる。
万歳は、稀勢の里に対する礼は有るのだが、
相手の白鵬に対する礼は無いと受け止められても仕方が無い。
自分の感情をストレートに表現する前に、
相手の立場になって考えるフィルターが必要なのが、
相撲ならびに武道なのである。
有名な話だが、剣道の世界では心技体が揃って初めて一本となる。
そのため、ガッツポーズをしてしまった選手が
一本を取り消された、という事例まで存在する。
確かに相撲は大衆娯楽ではある。
難しいことはそれほどなく、観たままを楽しめばよい。
しかしそれは、武道としての美意識を
全員が共有したうえでの楽しみ方だった。
少なくとも、過去は。
価値観が多様化し、武道ではなくスポーツの延長線上として
相撲を捉える方が増えてきているのも事実で、
これらの応援を悪気なくされている事例も多い。
暗黙の了解だけではもう、限界に来ているのかもしれない。
楽しいこと、腹が立つことをストレートにぶつけることも
一つの文化である。
だが、相撲の世界に於いては相手の視点を
常に意識してきた文化が有る。
こうした応援が有る度に、既存ファンは
新規ファンを批判し、新規ファンは自分が当然だと
考えていることを常連さんに否定されることによって
疎外感を覚えると共に、相撲そのものに対しても
窮屈なものを感じてしまう。
だから、私は三択ではないかと思う。
一つは、武道の根本的な考え方を絶えず啓蒙し、
現在の応援を一つの形として維持していくこと。
もう一つは、目の前の喜び・怒りを表現する応援を認めること。
最後の一つは、応援方法についてガイドラインを作り、
良い応援と悪い応援をルール化すること。
皆さんは、どうお考えだろうか?
是非ご意見を募りたい。
◇特報◇
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限定情報も配信しています。
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◇特報2◇
「幕下相撲の知られざる世界」として、
年賀状を作成しました。
ご希望の方は、プロフィール欄のメールアドレスに
住所氏名をご送付ください。
◇特報3◇
11月29日 20:00より、Ustreamにて相撲雑談を配信します。
内容は以下を考えています。
・「最強大関は誰か?」をパワーポイントを使って検証します。
・「今年の相撲界を漢字1字で表すと?」を論じます。
・九州場所の結果について語ります。
・そのほか、雑談も有ります。
時間になりましたら、以下をクリックしてください。
http://www.ustream.tv/channel/makusearch

稀勢の里と白鵬の一番で見られた万歳。これからの大相撲の応援とは、どうあるべきなのだろうか?” に対して1件のコメントがあります。

  1. godust より:

    はじめまして。
    いつも理論的な考察を楽しみに拝見しています。
    私はプロレスファンでもあるので、今回挙げられた(又はそれ以上に派手な)応援も見ているのですが、相撲観戦では不愉快だと感じる応援でもプロレスになると余り感じません。
    それはあくまで『その応援でもベストな結果が出せる競技者』と『その応援もそういうものとして楽しめる観客』が揃っているからだと思います。
    大前提として、前にコメントされているshoujiさんが言うように、競技者(力士)が不快に感じて取り組みの質が下がるのは避けるべきしょう。
    これはブログで触れられていた通り、力士にアンケートをおこなって不快なものを協会がルールで禁止すればいいことです。
    万歳三唱の件も不快に感じる力士がいるかもしれません。
    問題は見る側の感覚ですが、これが単に失礼だから万歳三唱が不快だというのなら、上の件で決着が付きます。
    力士が失礼じゃないと感じ、協会が認めるのであれば勝者を称えるためにやっても問題無いと思います。
    しかし、私は万歳三唱をはじめとする『新しい応援』自体を不快と感じる人も相当数居るのではないかと思います。
    かく言う私もその一人で、昔ながらの味気無い、盛り上がりの少ない会場が好きなのです。
    それは元々『神事』として行われ、江戸時代には上位力士というだけで『武士』扱いとなり、現在でも横綱を『神格化』している『相撲』というものを、私は昔から『そういうもの』としてみており、それにふさわしい態度での応援をすべきと感じているからだと思います。(ブログ主より年下ですが)
    とはいえ、プロレス(特に新日)もここ15年でかなり変わりました。
    芸人がレスラーを面白おかしく説明すると、その選手の商品価値を守るために団体や選手から苦言が出て、そのファンからもクレームが殺到したものです。
    それが今では、メディア向けな側面を持つ選手をメディアに売り込んで露出を増やすことで商業的に成功しており、レスラーがバラエティに出ることをファンも喜んでいます。
    つまり、団体が変わることでファンを変えたのです。
    客層が変わっただけとの指摘も有り、昔からのファンが離れて行っている可能性も十分あるので手放しで良いとは言えないですが、相撲も協会を挙げて取り組むことで、観客の目線を変え、新しい客層を多く獲得出来るかもしれません。
    今後の協会の一手に期待したいですね。
    長文失礼しました。

  2. ラドルージ より:

    いろいろ考えていたら、長くなりすぎてしまいました。次回から気をつけますのでお許しください。
    ◇「万歳コール」そのものへの個人的な感情や見解
     白鵬‐稀勢の里の取組については、私は稀勢の里を応援していました。土俵上での睨み合いなど、褒められたものではないかもしれませんが、この取り組みにはお馴染みの光景となったシーンもありましたが、この相撲では「待った」がなく、立合いが1回で成立しました。白鵬と稀勢の里の取組では久々だったと思います。
     稀勢の里が勝った瞬間、私はテレビの前で思わず「やった!」と声を出していました。応援している力士が最強の横綱に土を付けるのは、見ていて気持ちがいいものではあります。
     ただし、その直後の万歳三唱については違和感と不快感を覚えました。違和感とは、これまで「ありえなかった」事を目の当たりにして感じた、未知のものに対する違和感です。不快感とは、やはり敗れた白鵬に対して失礼である、というのが大きいのですが、「万歳」とはっきり言葉に出したことで、非言語的な振舞いである座布団投げ以上に、敗者に対して無礼だと言う印象を強く受けた、というところだと思います。朝日新聞の抜井記者がいうように「座布団が投げられたなら万歳は起こらなかった」という主張は、因果関係が立証できない以上、完全には支持できませんが……。
    前後しますが、「待った」がなく相撲が始まり、誰にも納得できる形で決着がつき、良かったと思っている所に水を差されたことへの不快感でもありました。
    贔屓の選手やチームがあったり、大相撲の場合であれば、日本人の大関がモンゴル人の横綱に勝つ事を喜んだりする。それ自体は、何も間違った事ではないと思います。私は相撲を見る時に力士の国籍は全く意識しませんが。ただ、それは相手へのリスペクトがあって初めて成り立つべきものであるはずです。
     こうした私の考えは大相撲における「礼」の問題に留まらず、スポーツ一般の応援についても同様です。応援団に所属しているうちに身についた「礼」と「応援する側のスポーツパーソンシップ」「応援する側のフェアプレイ精神」の考え、と私は呼んでいます。
    ◇では、どうあるべきか
     結局応援と言うのは感情的要素が多くを占めるもので、観客に応援を統制する存在がいない以上、「万歳」を阻止するのは不可能なように思います。城南区の相撲好きさんの証言からすれば、万歳を最初にやりだした「おじさん」が、少なくとも他の観客にも「万歳」をするよう促す意図があったと考えられますが、相撲競技観戦契約約款(※)にある「観客を組織化しまたは観客の応援を統率して行われる集団による応援」とは言い難い所があります。
    不快だと感じるかどうか、と言うのも力士の主観の問題で、共通解も最適解も得られないのではないでしょうか。
     万歳そのものが、失礼だとしても、約款に違反しているとは考えられず、退場や出入り禁止をするというのは行きすぎではあるように思います(約款が改定されたり、協会が別途指定したりすれば話は違ってきます)。結局はそれぞれの良心に任せるしかありません。
     協会からは、せいぜい出来て呼び掛けくらいでしょう。協会がどう考えているのか公式見解が出ていませんし、恐らく出てこないと思いますが、相次ぐ不祥事による平成大相撲の暗黒期から見れば、相撲界に明るい話題が出てきて、人気が回復しつつある中、ファン離れだけは避けたいはずです。安易に規制に踏み切ることはないでしょう。
    ◇最後に、二つだけ
     長くなってしまいましたが、もう二つだけ疑問点を挙げさせてください。
     ①日馬富士‐稀勢の里の取り組みでは万歳三唱は起こりませんでしたが、もしも、鶴竜が日馬富士に勝っていたら、万歳三唱は起こったでしょうか。私は起こらなかったような気がします。
     ②問題の取組の後に相撲を取る日馬富士と鶴竜はどう感じていたのでしょうか。
    ※相撲競技観戦契約約款より
    第8条(禁止行為)
    第1項
    何人も、主催者の許可を得ることなく、以下の行為を行ってはならない。
    6. 他の観客及び相撲競技関係者(土俵上含む)、主催者及びその職員等への粗暴行為(暴言、脅迫、恐喝、威嚇、暴力行為)、誹謗中傷その他の迷惑を及ぼす行為
    8. 土俵上への乱入、土俵、座席、通路、階段等の相撲場への物品の投げ入れ、柵、手すり等へのよじ登りやまたがり行為、座席範囲以上に身を乗り出す行為、その他自己または他人の生命、身体、財産に危険を及ぼす虞のある行為
    第9条(応援行為)
    第1項
    何人も、主催者の許可を得ることなく、相撲競技観戦に際し、以下の各号の応援行為をしてはならない。
    1. トランペット、太鼓、笛、金物類その他の楽器またはこれに類する物を使用した応援
    2. 応援旗、横断幕等の他の来場客の相撲競技観戦に支障を及ぼす虞のある物を使用した応援
    3. 観客を組織化しまたは観客の応援を統率して行われる集団による応援
    4. その他主催者が別途指定した方法による応援

  3. shouji より:

    いつも楽しく拝見しております。
    はじめてコメント致します。
    野球での鳴り物応援、国会でのヤジ、等に通ずるものがありますね。
    中々本音を言いづらいとは思いますが、力士たちはどう考えているか知りたいです。
    少なくとも力士たちの集中を削いだり不快に思う行為は絶対にしない方が良いですし、座布団投げに関しては風物詩になってはいるものの、場内アナウンスでも注意していて、投げないで欲しいという事が協会の公式見解であることは明らかです。
    よって座布団投げはやめた方がいいと思います。
    それとも、極論ですが、全ての座布団にナンバーをつけて万が一事故があった場合に責任を取らせたら良い。

  4. ごうたろう より:

    いつも興味深く拝見しています。
    この大一番での稀勢の里の勝利によって渦巻いた「万歳コール」。
    仕切りの時の長い睨み合いからますますそそられ、現代の最強横綱に日本人最高位の力士が力相撲で勝った、また、観客の大半は飲酒
    しながら観戦していることを鑑みれば、これくらいは仕方ないかと
    思えるが、
    礼にはじまり礼に終わるという大相撲では「NO」でしょう。
    何せ朝青龍の土俵でのガッツポーズさえ、けしからんとした大相撲
    だし、バンザイの意味は稀勢の里への賞賛だけでなく「敵を倒した」という意味合いも含まれるからです。
    しかも、敗れたのは、ここ数年存続さえ危ぶまれた時も経験した大相撲の屋台骨をささえてきた、驚異の安定力を誇る白鵬だ。この
    大横綱へのリスペクトがない・・・これが「NO」の根拠です。

  5. 城南区の相撲好き より:

    いつも勉強になる考察ありがとうございます。
    九州場所中の土曜日、日曜日は、国際センターで序の口から観戦している相撲バカです。
    国際センターで実際に観戦していました。
    立ち合い前の声援は「稀勢の里」「白鵬、日本一」と「稀勢の里がんばれーー」「両方がんばれーー」などで、私が子供の頃に経験した「北の湖、負けろーー」などネガティブなヤジは全くありませんでした。
    しかし、この一番は多くの観客が、稀勢の里に勝ってほしいと思っていたのでしょう。稀勢の里が勝った瞬間に、皆が「おおおーーー」と言いながら拍手喝采でした。その時、正面1列目か2列目のおじさん一人が立ち上がり後ろを向いて大きな声で万歳をはじめ、それが一瞬で伝搬して、会場全体の興奮した観客は、一緒に万歳をしてしまいました。その一人のおじさんがいなければ起こっていない万歳だったと思います。
    私の記憶が正しければ、昔(30〜40年前)の方が汚いヤジが多かったと思います。八百長問題があった後の九州場所でも、品のないヤジは全くありませんでした。

  6. うーん より:

    難しい問題ですよね。結局は白鵬がどう捉えたかに限ると思うんですけど。白鵬に失礼だとも思うしでも嬉しいのは確かだし…
    仮に稀勢の里が横綱昇進を決めた場合に万歳が起きれば「久しぶりの日本人力士がでて嬉しいんだな」となると思うんですけど、白鵬に勝っただけで起きたのが微妙なんですよね。白鵬が負けて嬉しくて万歳したと捉えることも出来ますし。まあそんな人いないといいんですけど。結果的に盛り上がったしいいとも思いますし…うーん難しい!そしてテレビに映った白鵬の何とも言えない顔。でもテレビで中継を見ていて違和感があったのは確かだと思います。

  7. beo より:

    良い問題提起ですね。
    まず、座布団投げ、ですがこれは完全に相撲の風物詩となっているもので、禁止すべきでないと考えています。「食べ物や飲み物を持っている人に当ったら危ない」という意見もありますが、結びの一番の時間帯というのはもう打ち出し直前であって、その時間帯に飲み食いしている方が間違い。横綱の一番は手になにも持たず、汗だけ握ってじっくり観戦すべきものでしょう。
    あと、万歳に関しては辺にナショナリズムの問題としてとらえるよりは、正直にキセが勝ってうれしい、という感情の発露と見た方がよいと思います。白鵬に対して失礼ではないか?という意見もあるようですが、横綱ってものは勝ってため息、負けて拍手喝采されるべき存在なんです。双羽黒や大乃国、三代目若の現役時代を知っている身として言えば、横綱が同情されたらおしまいです。そういう点で強い横綱が負けて万歳三唱、大いに結構。むしろ白鵬にとっては勲章みたいなものです。
    また、「日本人頑張れ、外国人をやっつけろ」という感情も人間であれば多少は仕方ないでしょう。ウインブルドンで英国の選手があれだけ応援を受けるのも、「ウインブルドン現象(英国の選手が全英OPで勝てない)」があったればこそで、現在の日本の大相撲こそ「ウインブルドン現象」なのですから、日本人力士に声援を送るのは当然でしょうね。(やりすぎはいけませんが・・)
    最後に、管理人様も指摘されている、あの「金メダルじいさん」。あの方だけはそろそろ現役引退していただいて、ご自宅でゆっくり観戦して頂きたい。正直目ざわりです。

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