鶴竜横綱昇進。双羽黒以前の昇進基準への回帰から見えた、幻の横綱の存在。果たしてそれは誰なのか。

早いもので、大阪場所が終わってから20日余り経過した。
年度末と年度始が重なり、更新が遅れてしまったが
色々とトピックには事欠かない。
場所後で一番の話題は、鶴竜横綱昇進だ。
大阪場所での充実ぶりは本当に素晴らしく
そこには異論は無い。
意見が別れるのは、昇進の是非である。
暗黙の基準として採用してきた二場所連続優勝ではなく
今このラインに戻したということついては異を唱える人も多い。
そもそもの話をすれば、明文化されているラインは
「優勝に準じた成績」であり、
だからこそ鶴竜の昇進には正当性が有る。
これは間違いない。
結局二場所連続優勝を厳格化したのは、
詰まるところ双羽黒に依るものである。
優勝していないにも関わらず昇進したのは彼一人で、
通常の基準を適用すればこのような問題は発生しなかった。
あくまでも個人的な見解なのだが、明記している基準が有り、
かつてはそれで運用してきている歴史を思えば
私は鶴竜昇進もそうだし、今後この水準に戻すことについては
賛成の立場である。
さて、一つ気になったことが有る。
そう。
幻の横綱の存在である。


かつては「優勝に準じた成績」で昇進していた時代が有り、
そして双羽黒の問題以降は2場所連続優勝へと移行した。
となると、ここ20年の間にかつては横綱に昇進できたが
時代的な背景も有り叶わなかった力士が居たのではないか?
ということだ。
そこで、6場所制以降に横綱昇進した若乃花以降から、
優勝に準じた成績を条件としてきた大乃国までと
2場所連続優勝を条件としてきた旭富士以降の力士数を比較してみよう。
【時代別の横綱数比較】
◆昭和33年~平成元年:18名
若乃花(初代)朝潮、柏戸、大鵬、栃ノ海、佐田の山、玉の海、北の富士、琴櫻、輪島、北の湖
若乃花(2代目)、三重ノ海、千代の富士、隆の里、双羽黒、北勝海、大乃国
◆平成2年~平成26年:9名
旭富士、曙、貴乃花、若乃花(3代目)、武蔵丸、朝青龍、白鵬、日馬富士、鶴竜
片や29年で17名。
そして、片や26年で9名。
かつては1年あたり0.58名の横綱を輩出してきたことを考慮すると、
やはり横綱に昇進できなかった力士が存在することが分かる。
この人数を、2場所連続優勝を条件としてきた25年に当てはめる。
すると、かつての水準であれば14.5名横綱が存在してきたことになる。
つまり、5人足りないのだ。
そしてそれは果たして誰だったのか。
そんなことをランニングしながら考えていると、
私はかつて、「史上最強の大関は誰か」という内容の投稿をしていることを思い出した。
これを眺めていると、面白いことに気付いた。
http://www.plus-blog.sportsnavi.com/nihiljapk/article/201
トップ5が、全て2場所連続優勝時代の力士だったのだ。
魁皇、小錦、貴ノ浪、千代大海、そして栃東。
彼らが大関として強かったのには理由が有った。
簡単だ。
彼らは時代が違えば横綱だったのだ。
彼らも晩年は力が落ち、平幕で取る者も居た。
「もし」という前提で語っても何も始まらないことは分かっている。
しかし、こういう結果が分かると
彼らが綱を締めて土俵入りしている姿をつい考えてしまう。
だが、現実は違う。
それを残酷と捉えるか、当然と捉えるかはその人次第だと思う。
これからも力士は時代に翻弄されることになると思う。
その中でどう生きていくのか。
私にできることは、見届けることだけである。
◇お知らせ◇
先日私とSearch net boxさんが「モンゴル時代は続くのか」
というテーマについて動画配信をしました。
こちらをご覧ください。
http://www.ustream.tv/recorded/45033282
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鶴竜横綱昇進。双羽黒以前の昇進基準への回帰から見えた、幻の横綱の存在。果たしてそれは誰なのか。” に対して1件のコメントがあります。

  1. げんもん より:

    以前の基準に戻ったことは僕も賛成です。
    しかしよく言われることですが、ここに名前のあがった大関たちは横綱ではなかったからこそ人々の記憶に残っているのでしょうね。
    そうなると横綱になることの難しさ、横綱として人々の記憶に残る事の大変さを改めて感じることができますね。

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