「大相撲ぴあ」と「がっつり!大相撲」。2冊の魅力と、相撲関連書籍全体への要望を考える。後編。

相撲関連の書籍出版が相次いでいる。
一つが「大相撲ぴあ」。
そしてもう一つが「がっつり!大相撲」。
出版不況という言葉が叫ばれて早数年だが、
相撲業界にはこの言葉は当てはまらないらしい。
大相撲ぴあは入門書としての意味合いが強く、
がっつり!大相撲は相撲ファンが手広い話題について
スポーツ紙を読む感覚で楽しむための本であることが分かった。
二誌共に良さが有り、またターゲットが存在する。
1600円の投資で得たリターンは、つまりそういう事だったのだ。
二つの本を読みながら、相撲人気の回復を実感する私。
2014年は、相撲にとって良い一年だったのだと振り返る。
だがこの2冊を読破した後、私は相撲関連全体の書籍に対する
要望を再認識することになった。
つまり、批評である。
楽しみ方を指南することは、当然必要だ。
そして知識を蓄積することもまた、楽しいことだ。
だがこの二誌に於いて、相撲の取組や力士に対する批評は無いに等しい。
コンセプトが異なると言えばそれまでなのだが、
スポーツ関連の書籍を読むうえで批評は非常に重要な要素の一つだ。
当ブログでは事有る度に指摘していることだが、
大相撲の世界はスポーツジャーナリズムが殆ど存在しない。
既存の雑誌である「相撲」は、大相撲協会の機関誌である。
また「大相撲ジャーナル」はNHKによる刊行物である。
言いづらいことが非常に書きづらい環境に有ることは間違いない。
それ故に力士や協会に対する批評が為されにくいのである。
サッカー雑誌では日本代表をいかに論じるか、ということが
ライターの力量を見る上で非常に重要な要素となっている。
「負けろ、日本。未来のために。」と突き放したライターが求心力を失い、
未だに南アフリカ大会の時の「0勝3敗」のツケを払っていないライターが
嘲笑の的となっているのが、サッカーの世界だ。
スポーツの結果に対してどのように向き合うか。
良しとするのか、それともダメなのか。
ダメだとすれば、何が悪いのか。何を改善すればよいのか。
一般人では解釈出来ない部分をライターが知識と経験で分析し、
一つの見方として読み手を誘う。
結果に対してモヤモヤしている部分を、
雑誌や記事を読むことでクリアにする。
そして、その着眼点を元に次の対戦を観る。
観る楽しさと読む楽しさ。
この二つが連動した時、スポーツはより魅力的になる。
だが今は、前者だけなのである。
書き手が居ない中、視聴者は取組や力士に対する所感を蓄積する。
もしくはツイッターや掲示板で答え合わせをする。
相撲のオフ会が盛況なのは、つまりそういうことである。
一般紙とスポーツ紙は、スペースや政治的な限界が有る。
相撲雑誌は、前述の状況だ。
そして、相撲を論じられるライターは殆ど居ない。
そう言い続けて、もう3年だ。
白鵬の土俵態度。
日本人力士に対する期待と絶望。
更なる相撲人気回復に向けた施策。
2014年の大相撲はある面で魅力的だが、
ある面に於いては停滞している部分も存在している。
こうした視聴者のモヤモヤは誰が解消するのか。
二誌の刊行は、皮肉にもこうした課題を浮き彫りにする結果となった。
大相撲の好況は、私のようなブロガーにも恩恵を齎しており、
ウェブサイトの執筆やシンポジウムへの参加といった依頼も頂いてる。
こうした声を掛けて頂けることは非常に有り難いことだ。
リスクは有るが、需要も有る世界だ。
踏み入ったコラムが読める、また取組や力士を
更に深堀出来るような媒体の登場を2015年は期待せずには居られない。
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