遠藤負傷から、「何故公傷制度を復活できないのか」を考える。かつての廃止理由に向き合うことが、その第一歩である理由とは?

遠藤が松鳳山戦で負傷した。
記事によると今回の怪我は「半月板損傷など」と有り、全治2か月らしい。ここまで非常に好調で、突いて起こす内容が完成形に近づいたことからも星を伸ばすことが想定されていただけに、本人にとって非常に痛い怪我だったのではないかと思う。
残念としか言いようのないこの怪我。今場所が終了したこともさることながら、怪我が想像以上に重いとなると5月場所の出場も微妙になる。仮に出場出来たとしても、全治2か月の影響から逃れることは出来ないだろう。
このような怪我が起きると最近話題になるのが、公傷である。どうにかこのような怪我をした力士を救済してほしいと考えるのは自然なことである。かつて龍虎の大怪我に端を発し、大相撲では公傷制度が存在していた。
公傷が認められた場合は翌場所で休場しても地位が下がることは無い。この制度が有ることによって、大きな怪我をした力士であっても守ることが出来ていた。遠藤もこの時の制度がそのまま適用できれば、治療を優先し7月には万全の状態で出場することが出来る。
だが、ご存知の方も多いと思うが、この公傷制度は既にに廃止されている。
今回の遠藤のような力士が救済できればと思うのだが、そのような制度は無い。怪我をした力士が番付を落すところを指を咥えて観ているしかないこの状況は歯がゆい。人気力士を救済するという相撲協会にとっての利点からも、単純に「良い力士を潰したくない」という感情論の面からも何とかしたいと思うのだが、公傷が廃止されたのには理由が有る。
つまり、公傷が多用されてしまったからである。
公傷が廃止された直前の数年、公傷の申請者が急増してしまった。データによると、休場者の数はここ数十年横ばいなのに、この期間だけ休場者ならびに公傷申請者が激増した。力士の大型化などといった理由ではなく、休場を選択する力士が絶えなかったこと。こうした流れを断つために、公傷を廃止したというのであればそれは止むを得ないと思う。
とはいえ、今のままでは栃ノ心や阿夢露、そして今回の遠藤のような事例を防ぐことは出来ない。だからこそ、最適化した上で公傷制度を復活させてはという意見が上る。
当ブログでも以前意見を募集したことも有ったし、Ustream放送では休むメリットとリスクのバランスの取れた、公傷制度案を作成して発表したことも有った。他のブログでもSNSでも公傷というキーワードは星の数ほど有る。このような議論は常に存在し意見も出ていながら、その声が相撲協会に届く様子は無い。
何かが変わらなければ全ての意見は空論に過ぎない。怪我が有る度に同じ流れがループする。そのことがもどかしくて仕方が無い。もう議論をするのも面倒なのが今なのである。苛立ちを覚えながら、考えることすら放棄する私なのだが、具体的な案を立案するという角度を離れて少し考えてみると意外な事実に気付いた。
そう。
相撲協会が公傷を廃止した理由が分からないのだ。
「多くの力士が太く長く現役生活を続けるために、どうすれば良いのか」という議論に対してファンの心理として「怪我をした力士を救済する」という視点から公傷という結論ありきで話が進んでいる。だがもし相撲協会がこの議論に対してそもそも「怪我をした力士を救済する」という視点ではなく「怪我そのものが許されない」という考えの元怪我をしない体づくりと相撲づくりを推奨しているのだとしたら、私達の議論そのものが全く的を射ていないことになる。
逆にこの部分がクリアになれば、もしかすると私達は、怪我をして救済されないことについてもどかしくはあるが早く上がってきてほしいという理解に変わるかもしれない。そして仮に納得できない場合は、その理由を元にして更なる議論という方向で話が進められるかもしれない。どのように受け止めるかは、その理由次第なのである。
「そういうものだから」というのは私が最も好きな魔法の言葉である。理由ではなく、脈々とそうしてきた歴史が有るのだとしたら受け入れるしかないからだ。また、「そういうものだから」が多いほど、文化として深みが有ると私は思う。
だが、この公傷に関してのみ考えてみると、変わるにしても、変わらぬにしても、空論で終わらないためにもまずはこの基本的なことに立ち返らねばならないのではないかと思う。怪我というセンシティブな事柄は、「そういうものだから」では片付けられないから。
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遠藤負傷から、「何故公傷制度を復活できないのか」を考える。かつての廃止理由に向き合うことが、その第一歩である理由とは?” に対して1件のコメントがあります。

  1. vissel777 より:

    公傷問題と協会のけが防止義務
    公傷が復活しないならば、協会はもっとけがが起きにくい
    土俵を作る義務があるでしょう。
    例えば、土俵下にマットレスを置くとか土俵の高さを低く
    するとか。いろいろと工夫する方法はあるだろう。
    力士が大型化して物理的に負傷する(壊れる)
    リスクは大幅に増えている。
    伝統や決まりもあるが、一番大事な力士をけがから守ろう
    という雰囲気さえ無い。
    けが防止に何もしないのは、相撲界そのものの損失なのに
    気付いていないようだ。
    相撲界には、選手会にあたるものはないので力士側から意
    見をぶつける場がない。ぜひ、いろいろな意見を横砂審議
    会に伝えてみてください。

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