稀勢の里に求められるのは優勝ラインではなく、この一番を勝つ強さである。

千秋楽の一番で、稀勢の里は豪栄道を下した。
稀勢の里の取組の時、相手が誰であっても嫌な予感しかしない私ではあるのだが、今日は15日の中でも一二を争う程負ける予感しかしなかった。勝ち越しを賭けた豪栄道、今場所手を焼いた速攻相撲、そして負ければ優勝だけでなく綱取りも出直しになる。
負ける要素は揃い過ぎていた。
だが、稀勢の里はこの痺れる一番で勝った。
普通なら呑まれる場面だ。先日のデータにも有るように、綱取りというのは自分を見失いやすいものである。早々に脱落することも、終盤に負けが込むことも非常に多いのだ。
栃煌山に敗れてからというものの、自分の相撲を取れずに苦しみ続けた稀勢の里は星を落としながらも、それでも高い次元で勝ち続けた。痛恨の黒星の記憶が鮮明だが、今場所の稀勢の里は終わってみると12の勝利を積み重ねていた。
大阪で13勝。
夏場所で13勝。
名古屋で12勝。
3場所で稀勢の里は、実に38勝を挙げていたのである。客観的に観ると、これ以上無いほど優秀な大関だ。横綱でもこれだけ勝ち続けることは難しい。38勝というのはそういう成績なのである。
安定して勝ち続けること。そしてそれが大関としては極めて優秀であること。今場所もまた、痛恨の黒星は稀勢の里の評価を大きく下げることになった。そして、一歩引いた相対評価によって大きく下がった評価を補正することになったのである。
だが、今の稀勢の里に欲しいのは、そういう評価ではない。そう。優勝出来るか否か。その1点に尽きるのである。
優勝争いが終盤を迎える中で、稀勢の里の綱取りラインは変化していた。そのことを批判的に捉える方が多く存在していた。気持ちは痛いほどわかる。稀勢の里は、こういう場面で優遇されてきた力士だからだ。そしてモンゴル人力士やそのほかの力士は、こういう措置を受けることは無かったからだ。
稀勢の里が嫌われるのは、こうした待遇を受け続けるところも一因だ。優遇を受けるものの、優遇にされるにふさわしい成績を挙げられない。そして、成績が上がらないからまた優遇を受ける。更に惨めな負けを繰り返す。だから馬鹿にされる。
そこが、悔しいのである。
だがどんなに優遇されようとも、結局優勝せねばならない。そのラインが全勝でも、11勝でも、優勝が求められることに変わりは無い。優勝が求められなくなったのだとすると大きな問題だが、根本的な課題は残り続けている。そしてそれが、稀勢の里に足りないものなのである。
優勝ラインは関係無い。14日の成績も重要だが、優勝の懸かった大一番で勝つこと。自分を保ち、自分の相撲を取り、相手を上回る。そういう力が試されるのだ。
稀勢の里は昨年の9月場所から数えて、事実上の優勝決定戦を4回経験した。
9月場所の鶴竜。
大阪場所の白鵬。
5月場所の白鵬。
そして、名古屋場所の日馬富士。
自分を保ち、自分の相撲を取り、勝利するチャンスが有ったのは5月場所だけだ。あとの3番は惨敗と言っていい内容だろう。素晴らしい相撲を15日間で続けても、優勝を左右する大一番で稀勢の里は自分に敗れた。そしてその結果、目の前のライバルに敗れる結果となった。
15日間で安定した成績を挙げることは、優勝する上で前提条件となることだ。だが、優勝するには痺れる一番を勝つこと。これが求められるのである。
私は稀勢の里が綱取りをする資格が有る力士だと考えている。だが、現時点で横綱昇進に相応しい力士ではないとも考えている。結局白鵬も、日馬富士も、鶴竜もそういう場面で勝てるのだ。照ノ富士や琴奨菊も、勝ったことが有る。
稀勢の里だけは、痺れる一番を勝ったことが無い。
だから、横綱にはまだ早いのである。
しかし、痺れる一番を勝つという課題は残されているものの、痺れる一番を落した後でキレずに勤め上げるという別の素晴らしさを備えているのが稀勢の里だ。こうして3場所連続綱取りという、世にも珍しい挑戦が始まることになった。
綱取りを3場所も続行出来るような力士は普通、横綱に昇進する。そして、15日間で自分を保てない力士には、綱取りのチャンスは残らない。稀勢の里はその中間に位置し続けているのである。実に微妙な、その中間を3場所維持し続けているのである。
究極の緊張の中で、自分を見失いながらも自分を取り戻す。強い人間と弱い人間、超人と凡人が同居する稀勢の里だからこそ出来ることであり、そういう稀勢の里だからこそ綱取り続行に甘んじている。
綱取りが続く。痺れる闘いがまた始まることを喜びながらも、あの緊張を15日間経験せねばならないと考えると頭が痛い。胃が痛い。心が痛い。
稀勢の里の綱取りは、如何なる形で終焉を迎えるのか。
今はただ、ゆっくり休んでほしい。
そして、私もゆっくり休もうと思う。
皆様、お疲れ様でした。
9月場所をまた、楽しみましょう。
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稀勢の里に求められるのは優勝ラインではなく、この一番を勝つ強さである。” に対して1件のコメントがあります。

  1. ころ助 より:

    初めまして。40代の相撲好きです。ちょくちょく拝見してますが、初コメです。
    自分の考えていることとほぼ同じだったので、コメさせていただきます。
    稀勢の里は普段の強さは鶴竜や日馬富士より上だと思うのですが、モンゴル人横綱はここぞの時の「一段上のギア」を持っているように思います。「ゾーン」に入れるとでも言うのでしょうか。
    昨場所の白鳳、今場所の日馬富士の稀勢の里戦はまさにそれではないでしょうか。そこの「狂気」の領域を持っているのが横綱ですよね。
    そこに達せられるか。厳しいことを言われることの多い稀勢の里ですが、私はまだ期待しています。

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