千秋楽の白鵬日馬富士戦で、白鵬コールをしてはならない理由。

千秋楽。
稀勢の里に1つの差を付けて、日馬富士が白鵬に臨む。
日馬富士と白鵬はここ数年かなりの割合で白鵬がトップを走っている場合は白鵬が、日馬富士がトップの場合が日馬富士が勝つという流れが有った。単にこれは調子の良い方が勝つということだったのだと思う。
しかし、優勝争いとして、そして勝負として見た時に何かが起こりそうな雰囲気を感じなかったことも確かだ。強い方が勝つ。単純な話なのかもしれないが、その単純な結果が出た時に私は物足りなかった。
追う展開の二人は、普段と少し異なっていた。稀勢の里に見せるような、分かりやすく勝ちにこだわる白鵬はそこに居なかった。そして稀勢の里に見せるような、分かりやすく速攻で下す日馬富士はそこに居なかった。二人の対戦は、もどかしかったのである。
だが2015年夏場所千秋楽を境に、二人の取組は激変した。勝利への執念を剥き出しにして、速く、強く、荒く動く日馬富士。そして、何と言われようとも勝つ白鵬。
日馬富士は照ノ富士の初優勝をアシストする殊勲の勝利を挙げた。白鵬は大阪場所で動き、罵声を浴びながら最多優勝を更新した。
一瞬たりとも見逃せない。
何が起こるか分からない。
それが、この1年の白鵬日馬富士という対決なのである。
そしてこのような彼らの対決を前にして、私は一つ懸念をしている。そう。白鵬コールである。
稀勢の里が豪栄道に勝てば、日馬富士と白鵬の対戦が持つ意味合いはガラリと変わる。もし白鵬が勝てば、優勝決定戦である。そうした時、白鵬に勝ってほしいという心理が働く方が多く居るのは間違いない。
この1年の変化によって、白鵬が日馬富士を相手に予測不能な相撲を取ることは十分想定される。そしてそれは、白鵬が勝つ確率を上げるための行為だ。優勝の目の無い白鵬でも、このような背景を考えると勝つ可能性は十分に残されている。そこに優勝決定戦を望むファンが期待してしまうのではないかと思うのだ。
これまでも白鵬の対戦相手へのコールが、千秋楽に巻き起こる現象は発生していた。言わば対戦相手に勝ってほしいというよりは、白鵬の負けを望むコールだ。これは本当に失礼極まりないことだと思う。力士に品格を求めながら、観客には品格が無い。本当に皮肉なことだ。
日本のファンのために、相撲界のために尽してきた白鵬に、これは無慈悲な行いだったと思う。そして、そうした仕打ちをしてきた白鵬に対して、今度は優勝争いを面白くするために勝てと言う。
この行為は誰のためにもならない。白鵬も、日馬富士も、そして力不足でビハインドを背負いながら期待を掛けられている稀勢の里も、誰もが傷つく結果しか生まないのである。
白鵬はこの時巻き起こるコールに、何を思うのだろうか。自分の形振り構わぬ相撲を批判し続けてきたファンが、今回は形振り構わぬ相撲を期待する。そして、自らの勝利を求めている。こんな身勝手な話が有るだろうか。
私が白鵬ならば、絶望するだろう。
私は優勝決定戦を望むこと自体は否定しない。個人的には観てみたいとも思う。最後のチャンスを得た稀勢の里がどのようなドラマを見せるのか。そこに大いに興味が有るし、次こそは乗り越えて欲しいという想いも有る。それが仮に幸運に恵まれる形で得たチャンスであったとしても、優勝を掴み取る姿を見てみたい。
ただ、実現すれば恐らく悲劇的な結果になるとは思う。観なければよかったと思うことになるとも予想している。それでも、優勝決定戦は観てみたい。その気持ちは分かるのだ。
ただ、それは声に出してはならない。コールという形で、メッセージにしてはならない。相撲ファンとして、大事なものを失ってしまうからだ。明日の白鵬コールは、一部のファンの暴走というだけでは済まされない。それがたとえ一部のファンだとしても、してはいけないことだ。
私は信じている。
相撲ファンの品格を、信じている。
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