琴奨菊と豊ノ島。現役続行と引き際の美学を考える。
琴奨菊が、関脇で1勝6敗。
豊ノ島が、幕下19枚目で1勝3敗。
2016年初場所から1年4ヶ月でこのようなことになるとは、誰が想像しただろうか。あの時優勝を争った同級生のライバル2人が、いずれも精彩を欠いている。
琴奨菊は衰え、豊ノ島は怪我を乗り越えられずに居る。気がつけば琴奨菊は大関から転落し、豊ノ島は幕下でも上に40人近く居る状態だ。
冷静に考えると、彼らは34歳という年齢だ。いつ衰えても、いつ致命的な怪我をしても不思議ではない。これまでも大きな怪我や急激な衰えで突如番付から転げ落ち、消えていった力士は星の数ほど居る。近年では把瑠都がその典型だろう。だから「誰が想像しただろうか」という言葉に偽りはないが、信じられないかと言えばそうではない。
むしろ34歳という年齢は大ベテランである。彼らよりも年上の関取は数える程しか居ない。
ここまで上位でフル対戦を積み重ねてきたことを思うと、消耗しないほうがおかしいのではないかとも思う。
ただ、その内容は心配だ。琴奨菊は得意の態勢にはなれるが、そこから寄れない。寄りの圧力が無いので無理に出て逆転を喰う。そもそも圧力に負けることもある。豊ノ島は内容を論じられない。別人のようだという言葉を比喩表現ではなく使いたくなるのが、豊ノ島の今の状況だ。
一時代を築いた力士が衰えると避けられないのが、引退の2文字だ。意地の悪いメディアは少々の不調でも引退という言葉で煽りに掛かるが、不調が深刻だと意地が悪くなくてもその活字が踊ることになる。そしてファンの怒りを買うことになる。
そこで今回は力士の引退を議論すること、そして引退を望むことの是非について考えたい。
誰もが発信出来る時代だからこそ、言葉には十分気を遣わねばならない。小さな表現で誤解を招くのであれば、よほどの覚悟が無ければ強い言葉を使うべきではない。軽い気持ちで吐く強い言葉、特に引退という2文字ほど感情を逆撫でするものはないと思う。
言葉は良くも悪くも、悪くも良くも人を動かす力がある。最近では偏った意見がメディア上に出ることで逆の意見が世論になることも多い。いや、むしろそういう事例が頻繁に見られる。
だから引退という言葉がある力士の将来を左右することは昔ほど無くなったとは思う。むしろ、揺り戻しの世論が形成されることを計算すると、むしろ引退という言葉で煽られたほうがある意味良いのかもしれない。
引退を望むような発言、煽るような発言は控えるべきだ。だが、全盛期とはほど遠い相撲を取る力士を見たくないという気持ちが引退を望むのであれば、どうだろうか。それは悪いことではないと私は思う。
言葉を慎むことはできても、想いを慎むことはできない。全盛期がが眩しければ眩しいほど、想いの深さと数は増える。かつてとは異なる姿によって思い出が今の姿に書き換えられるのは耐え難いことだ。だから人は時に引退を望むのだと思う。
衰えという変化は少なからず観衆を傷つけ、消耗させることになる。引き際の美学という言葉があるほど、かつての日本では衰えを見せたら身を引くことを良しとしてきた文化がある。こも文化こそが、衰えに厳しい世論を作ってきた元凶だ。だから、衰えた力士に身を引くことを望むのは、日本に生まれ育った以上は正常なことだと私は思う。
そういう想いを抱かれながらも現役を続けるのは覚悟が要るだろう。直接引退を勧告するような人間はそう居ないが、それに近しい意思を周囲の多くが抱いているのだとしたら、別の次元の辛さがあることは想像に難くない。
では、現役を続行しながらどうやって彼らの気持ちを変えれば良いのだろうか。
時代が変わり、地位を落としても現役を続行することに寛容になった今、重要なのは地位を落としても相撲を取る意味を示すことだ。かつての大関が惰性で相撲を取っているのではない。衰えても、体が小さくなっても、見て良かったと思える必死の相撲が取れたら、それを馬鹿にすることは出来ないはずだ。
少し前の話にはなるが、衰えて横の揺さぶりにすぐ落ちる小錦を見るのが最初は辛かった。誰もが横に揺さぶるが、そこに対応出来ず、攻めを許す姿は過去のそれとは異なり、複雑な想いを抱いた。
だが、そういう小錦がそれでも現役を続行し、揺さぶられながらも一つの勝利のために必死で前に出る姿は、悪くなかった。引退後に小錦と聞いて思い出すのはむしろその時の相撲であるように思う。
琴奨菊と、豊ノ島。
現役を続けるのなら、これからだ。
今の彼らの相撲に、期待したい。
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引き際については間違いなく本人達も考えているに違いなく、またその本人達が考えに考えた末に下す決断が正解なんであろうと私は思う。よって、周りはそっとしておくことが一番なのではないでしょうか?