夢が叶わぬ幕下で、6連勝の大岩戸に夢を見る。

諦めなければ夢は必ず叶う。
成功者が人々にこのように語る場面をよく見る。彼らは間違いなく努力している。そしてその努力が報われたからこそ、自らの成功体験を元にこのような話を人々の前で行なっている。
並外れた努力だと思う。効果的に、効率的に。そこに有るのはただの努力ではない。そこにはある種の真理が有ることだろう。
私もその言葉が正しいと思っていた。数年前に幕下相撲を見るまでは。
120人の力士が、等しく努力をしている世界。諦めずに夢を追いかける者たちの集団である。諦めなければ夢は叶うと言われるが、夢が叶うのは毎場所4力士だけだ。あとの116力士達は夢が叶う時を求めて、等しく努力する。
狭き門で、毎場所こんなことの繰り返しだ。
定員が有る以上、夢が叶わぬ者が大量に発生する。誰かの夢が叶うなら、誰かの夢が潰えることになる。一つの光の陰で、多くの者が涙を呑んでいる。年収100万と1000万の狭間で、残酷で人間臭いドラマが展開されている。
だから、幕下相撲は面白いのだ。
私はそういう幕下相撲の世界が好きで、ライフワークとして数年観続けている。ハッピーエンドが極端に少ない世界だからこそ、大部屋という現実を生きながらも、関取という夢を追い、夢に殉じる。美しくも悲しい世界だ。
誰かに多大な想い入れを抱いても、その想い入れが叶うことは極めて少ない。だから、報われることを期待してはいるのだが、そういう世界だから、という言葉で事を俯瞰し、その力士もさることながらそれを応援する自分のことさえも一線を引いて観ている。
そんな私が、1人の力士の動向を固唾を飲んで見守っている。
そう。
大岩戸だ。
あの吐合の大学時代の1年先輩。
幕下15枚目格付け出しデビュー。
関取経験豊富だが、年寄株取得には至らない。
今年で36歳。
ここ数年は幕下在位が長い。
一言で言えば、諦め切れない力士なのである。
恵まれているとは言い難い体で、前に前に出る。
勇気と知性がなければ取れない相撲を取る力士だ。
相撲には、生き様が現れると思う。弱さが有れば、どこかその弱さも露見してしまう。攻めに屈して引いてしまったり、攻め切れなかったり。そういう不完全さも含めて愛らしいのだが、その弱さが物足りなかったりもする。
そういう意味で言えば、大岩戸は素晴らしい人間であり、素晴らしい力士だと思う。相撲を観る中で感じた想いを、私は彼と実際に話すことで強めることになった。直に力士に会うことはそれほど得意ではないのだが、こうして力士を更に理解することも想い入れを深めることも有る。
その大岩戸が、夏場所幕下で6連勝している。
幕下は、かつての幕下ではない。学生時代に実績を残した力士や、外国籍の力士、叩き上げの力士に十両から落ちてきた力士が上位を占めている。
彼らは強い。
少し前ならば十両に居たような力士が、幕下上位で虎視眈々と関取の座を狙っている。数年前の関取が、それも36歳の力士が彼らを凌駕するには何かを変えなければいけない。
だが、36歳では我武者羅に努力することも出来ない。しごかれる立場でもない。自分で自分を律し、少ない時間と限られた稽古の中で彼らを倒す術を身につけねばならない。その術に更に磨きをかけねばならない。
八角部屋でコーチ役も担う大岩戸は、力士として上積みを重ねづらい年齢であり、立場なのだ。だからこそ私は大岩戸の勝敗に喜び、悲しみながらも番付を上げることも関取に復帰することも難しいのではないかと感じていた。
報われてほしい。だが、他にも報われるべき力士も居る。じりじりと番付を落とす大岩戸を観ながら、私はそんなことを考えていた。
大岩戸を応援するのは、手前勝手な想い入れに依るところが大きい。あの吐合が里山に敗れて届かなかった幕下優勝を、数年後に先輩が果たす。その後ろには、吐合も居るのだ。
想い入れとは手前勝手なものだと思う。勝手に共通点を見出したり、応援するポイントを見つけ、相撲と生き方に共感する。その力士の真の姿など分かるはずもない。だが、目に見えるものと関係性から想いを深めていく。勝手なことではあるが、応援とはそういうものだと思う。
私は手前勝手な想いを大岩戸に抱いている。こうした想いが結果という形で報われないことは分かっている。だが、それでも今回は報われても良いのではないかと思っている。
幕下優勝は、数年ぶりの関取復帰に向けた足掛かりに過ぎない。優勝決定戦の結果、関取復帰するという類の話ではない。仮に優勝したとしても、挑戦権獲得に向けて大きく前進したということなのだ。要するに、まだここからという話だ。
ただ、もう若くない大岩戸にとって、恐らくこれは関取復帰に向けたラストチャンスだ。ここで何かを果たせば、この後何かが起こせるかもしれない。だが、ここで敗れたとしたら何かを起こすためにまた何かを引き寄せなければならない。
だから、次の勝負が本当に重要なのだ。
夢が必ず叶うことが無い事を知りながら、私は今、大岩戸に夢を見ている。手前勝手な想い入れが一度くらい報われることが有っても良いのではないかと思っている。そしてその夢は、実はすぐそこまで来ている。
諦めなければ夢は叶うほど甘くはない。だが、諦めない男の生き様がここまで道を切り開いたのだとしたら、夢も悪いものではないと思う。
夢よ、叶え。
今日は、大一番だ。
◇Facebookサイト◇
幕下相撲の知られざる世界のFacebookページはこちら。
◇Instagram◇
幕下相撲の知られざる世界のInstagramページはこちら。

夢が叶わぬ幕下で、6連勝の大岩戸に夢を見る。” に対して1件のコメントがあります。

  1. 下林 太郎 より:

    夢が叶いましたね!
    おめでとうございました!
    上林時代から応援してる人は
    ずっと応援してますよ!
    幕下さんがネタにしなくてもね(笑)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

日本語が含まれない投稿は無視されますのでご注意ください。(スパム対策)