美しい優勝の裏に有る、期待ゆえの不安。大岩戸に揺れる名古屋場所。

美しい優勝だった。
素晴らしい優勝だった。
夏場所の大岩戸のことだ。
自分が肩入れしている力士のハッピーエンドを望むのは自然なことだ。だが、幕下には120人の力士が居る。等しく関取を目指して努力している。実力差は紙一重だ。そういう中で、自分の応援している力士だけが報われることは、そう無い。
その力士が勝てば、相手力士は敗れる。単純な話なのだが、ある力士に肩入れするとそういう至極当然なことをつい忘れてしまう。逆に、幕下は甘くないという刷り込みが為されてしまったために、私は大岩戸の優勝を望みながらも、手前勝手な想い入れとコインの裏側に揺れた。
だが、夏場所は手前勝手な想い入れが勝った。大岩戸のハッピーエンドを望んだ。幕下相撲の知られざる世界に触れ過ぎた反動なのか、それとも大岩戸という力士の魅力故なのか。
いずれにしても、幸せな優勝だった。
良く出来た物語だった。
そう。
もしあの優勝でこの物語が完結すれば。
大相撲は2か月に一度やって来る。好調でも不調でも、身内に不幸が有ろうと結婚しても、誰にでも等しく土俵に立つ機会が与えられる。ハッピーエンドで場所が終わっても、次の場所ではまた新しい闘いが始まるわけだ。
大岩戸は、先場所素晴らしい相撲を見せてくれた。もしあの相撲が取れたら十両昇進のチャンスは十二分に有ると思う。楽しみだ。楽しみではあるが、今回は怖さの方が遥かに勝っている。
番付に目をやる。幕下上位はかつての幕下とは大きく異なっている。
旭日松が居る。
北はり磨が居る。
常幸龍が居る。
幕下10枚目前後でさえ、富士東や出羽疾風が居る。強豪と言える力士は、大岩戸だけではないのだ。
大岩戸も強いが、他の力士もそうそうたる顔ぶれだ。勝つかもしれないが、負けるかもしれない。「勝つかもしれない」への期待もさることながら、「負けるかもしれない」に対する恐怖が勝っている。
それは恐らく、私が負けることを意識しているからだ。負けを意識するのは、それだけ強い力士が居るからだ。そして、今回が千載一遇のチャンスだからだ。
更なるハッピーエンドが期待できるからこそ、その裏にあるバッドエンドに怯える。一度ハッピーエンドを経験してしまったからこそ、厳しい現実には戻りたくない。
可能性が無ければ、誰も期待などしない。私が今、大岩戸に不安を感じるのは可能性を見たからだ。不安に駆られることは幸せなことだ。
これは、弱い自分を克服する物語ではない。歳を重ねて自分の相撲を確立した力士が、どれだけ上位でやれるのか。あの見事な相撲が戻らなければ、最後のチャンスかもしれない。そういう物語だ。
スピードで勝る力士は居る。体格では劣る力士を探した方が早いくらいだ。だが、相撲はある一点を競う競技ではない。あくまでも、地面に身体の一部を付けるか、土俵の外に相手を出すか。それを競う競技だ。6連勝の岩崎をも破る相撲が、大岩戸には取れる。期待出来るからこそ、私は嬉しくも不安なのだ。
そういう相撲が取れるのに、敗れる。そういう相撲が取れるから、勝てる。
どちらが出ても、それが相撲だ。
分かってはいるが、感情は揺れる。
だから、面白い。
しかし、恐ろしい。
達観できればどれだけ楽だろうか。だが達観できるとしたら、それはつまらないのかもしれない。まだそのような境地に無い自分だからこそ、これだけ相撲が面白いのかもしれない。
さぁ、日曜日には名古屋場所が始まる。
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