相撲部屋の稽古に予備知識ゼロの私が行ってみた part6 決意(完結編)
~前回までのあらすじ~
相撲を見るに連れて、一度は稽古の風景を見ておきたい。
どんな日常から、技は生み出されるのか。そんな疑問を解消すべく、夜勤明けの朝に謎の町:清澄白河に繰り出す私。
住所録から場所を割り出し、当初の目的地:北の湖部屋に到着するも、稽古はなし。
高田川部屋も、錣山部屋も、稽古なし。
偶然街中で出会った力士に意を決してルールを尋ねると、概ね全てがクリアに。
しかし、大嶽部屋も尾車部屋も、稽古は観られず。
大きな収穫は得たが、何となくこのままでは帰るのも残念。そして私は特に理由は無かったのだが、もう一度北の湖部屋に行くことにしたのだった。
前回の記事はこちら。
清澄2丁目内の相撲部屋の位置関係は全て頭に入り、目を瞑っても…とはいかないが、周辺の建物の雰囲気を見れば大体どの辺りに居るかは把握できている。
別に何をするでもない。
単にそのまま帰るのが名残惜しいだけなのだ。
行動の整合性が取れていない、と指摘したくなるかもしれない。だが私の行動動機とは、案外こんなものである。行ったところでドアが閉ざされているだけだし、期待はしていなくても、僅かな期待が無いことも無い。
全て分かっているのだが、1%でも可能性が有るととりあえず手を付けたくなるのが私という人間である。せいぜい歩いて2分程度なのだ。
私は北の湖部屋を目指した。
区画が碁盤の目のように整備されたこの地域を歩くのは道を覚えれば非常に簡単で、目印の角を左折し、まっすぐ進むともう北の湖部屋が見える。
遠目にもどのような状況かが見えるのだが、相変わらずドアは固く閉ざされている。恐らく土俵作りをしているのだろう。
だが、先ほどとは少し様子が違う。
浴衣姿の力士が、外でバケツを洗っているのだ。
何を話すでも無い。
目的が有るわけでもないのだが、私はその力士に近づき話しかけた。
「こんにちわ。今日は稽古無いんですよね?」
答えは知っている。
ただ、話す理由が欲しかっただけなのだ。
聞く意味の無い質問であることは、重々承知している。
「はい、今日は土俵作りの日なので、稽古は無いんです」
それは知っている。知った上で聞いている。
問題は、この後である。
さて、私はこの力士から一体何を得たいのか。
そもそも彼は一体誰なのか。
脳内を整理しながら、とりあえず先程右肩上さんから聞いた情報を再度確認することにした。
「稽古って、大体7時くらいから始まるんですか?」
「はい、下の力士から始まって、その後上位の力士が始まります。早いと9時くらいで終わりますが、10時前までやることも有ります」
なるほど。情報通りである。
「見学って、いつでも見られるものなんですか?」
「ええ。番付発表の日以外は基本的に公開してますよ」
「入る時って、チャイム鳴らして入った方がいいんですかね?」
「あ、別に鳴らさなくてもいいですよ。そのまま入ってもらって大丈夫です」
少し差が有るが、これは部屋ごとの文化の差なのだろう。右肩上さんの情報が概ね正解であることが証明される。しかしこの力士、見覚えはないが体格がいい。人懐っこい笑顔。そして、力士と言うよりは一般人のような雰囲気で、話していても異世界の住人と言うよりはまるで自分の友人という印象さえ抱く。
「そうなんですか。いや、今日は稽古を観に来たんですがどこの部屋も観られなくて…でもいい機会でした。また改めて来ますね。」
「わざわざ来ていただいたのに、残念でしたね。せっかくだから、見られれば良かったのですが…」
「ところで、失礼ですがお名前は?」
「イッシンリュウと言います。」
…聞いたことはある。観たことも有るかもしれない。
「番付って、今どの辺りですか?」
「三段目の30枚目ですね。」
おお、中継するかしないかのところではないか。どうしても幕下に入ってから観るギアを上げるので
実は三段目の力士は名前くらいしか記憶に無いのだ。しかし、そう聞くと一気に親近感が湧いてくる。イッシンリュウさんの人間性もあって、つい話に力が入ってしまう。
だがここで私は口を滑らせてしまう。
「だとすると、丁度テレビ中継始まる時間ですね。いや、実は幕下の相撲が好きで、中でも北の湖部屋の方はよく拝見してまして、ブログ書いてるんです」
「え?あのハッキーのブログの方ですか?」
ハッキー=吐合。
そうか、現役力士も読んでいるのか。
これは衝撃である。
しかし、とすると適当なことを書くわけにもいかないし、これから先想像で補完しながら書く、現在のスタイルは大丈夫なのかと不安を抱く。イッシンリュウさんは続ける。
「いやあのブログ、凄いですよね。なんであんなに分かるんですか?」
!
今日聞いてきた話の中で、一番の驚きだった。どうやら私が感じて書いてきたことは、ある程度ポイントを外していないらしい。嬉しいような、気恥ずかしいような。
観察しているポイントから、ある種確信めいた部分だけを書いているとはいえ、このように言っていただけるのは自信になる。
そんな気持ちを整理する間もなく、向こうの窓が開く。
「おーい、何やってるの?」
一際でかい。
北の湖部屋ででかい力士。
そして、あの風貌。
間違いない。
あの大露羅である。
「今日は土俵作ってるから、稽古休みだよ」
知ってる。
知ってるけど、そういうことじゃない。
私は今、大露羅と話してる。
ある種バーチャルな存在として認識していた力士が目の前に居るのだ。
これはもう、稽古を観るしかない。
観ることで感じるものが絶対に有るはずなのだ。
雑談だけで、これだけ驚くのだとすると、私は稽古から何を思うのだろうか。
また、来よう。
幸いなことに、2日後には予定が無い。
朝7時に清澄白河だと、5時起床。辛いのは間違いない。だが、それ以上に得るものが有る。大露羅さんとイッシンリュウ(一心龍)さんにお礼を言うと、私はそう決意して清澄2丁目を去った。
どうなるのだろう!?と引き込まれてしまいました。
また新たな「知られざる」を明かしていただけることを楽しみにしています。
ハッキーこと吐合関と、管理人さんとの「今後」も気になります。
senshoさん
コメントありがとうございます。
好きなことが昂じて、まさかこんな展開になるとは思いませんでした。
好きな対象は遠巻きに見ていたいタイプではあるので、
今後どのようなことになるかは不明ですが、
でも想像しただけで楽しみです。
初めまして、いつも楽しく拝見させていただいています。
稽古が見られないのは残念だったでしょうが凄く貴重な体験をされましたね。大露羅の肉声を聞くなんて元相撲実況版の住人としてうらやましいです。そういえば東京新聞かなにかで北の湖の還暦土俵入りの写真に大露羅が載っていましたが物凄く嬉しそうないい笑顔で親方をみつめていたのが印象的でした。稽古見学編第二章を期待して待っています。
>ムジナさん
初めまして。コメントありがとうございます!
自分で道を開くとこういうことがあるので楽しいです。
稽古を観られない、っていうのは残念なことなんですけど
ハッキリ言ってそれ以上の成果ですよね。これ。
大露羅さん、凄くいい方でした。
以前も取り上げたのですが、他のロシア人力士達が
大麻で追放される中、彼は残ったんです。
絶対に何か有るんですよ。恐らく人間性の違いでしょう。
そんな気がしました。
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